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 対抗戦を見据えたハードな夏合宿。その終盤に行われた練習試合・対法大戦には、紫紺を身にまとった選手たちの姿があった。慣例ならばここで着るのはセカンドジャージーのはず…。その意図、紫紺にかける思いを小村ヘッドコーチに伺った。


 ――夏合宿の法大戦では理由があって紫紺のジャージーを着せたそうですが…。

 紫紺を着るということは、約100人いる部の代表だということ。また、部員全員と応援してくれる人達の思いを背負うことであり、絶対負けられないってことを意味する。僕が現役のころはそういうことが説明なく根付いていたから。紫紺を着たら絶対負けられないっていうことが。そういう紫紺の重みを再認識してもらおうと思って、夏合宿前にみんなを集めて話をしたんだ。

 ――それで法大戦、紫紺を着せたんですね。

 法政には春に大敗していて、夏の総決算を見せてくれって意味で紫紺のジャージーを着させたんだよ。

 ――でも、残念ながら負けてしまいました。

 今の子はプレッシャーに弱いのかもしれない。いざ本番で結果を出せ、みたいな状況になると縮こまってしまう。だから、大事なことは日々伝えてあげて、試合前はリラックスした状態で送り出してあげたいね。

 ――紫紺の重みについてもう少しお聞きしたいのですが…。

 例えば、試合後にジャージーをしっかり洗ってくれるジャージー長っていう一年生がいる。あれって洗うのが大変なんだよ。次に着る人のために一生懸命洗ってさ。他にも、試合に出れない人、応援してくれる人、大勢の人達の思いがあのジャージーには詰まっているんだ。一つ面白いエピソードがあってね。僕が現役で勝ったときかな。感極まって、スタンドにジャージーを投げちゃったやつがいてね。家族の人が慌てて取りにいって、ちゃんと畳まれて戻ってきたの(笑)。家族のほうが分かってたんだな、一年生が一生懸命洗ってる苦労とか、みんなのジャージーだっていうことを。

 ――話は変わりますが、小村さんはジャージー長だったりしたのですか?

 いや、ヘッドキャップ長だったな。ヘッドキャップ長は比較的楽なんだよ(笑)。今はみんな持ってて個人のものだから、ヘッドキャップ長なんていないけどね。ジャージー長はね、だいたい伝統校出身のやつがなるの。やっぱりジャージーの管理とか、部のジャージーの重みをしっかり教わってきてるから。

 ――これから、そういう紫紺の重みはどうやって伝えていこうと考えているんでしょうか?

 まあ、伝えていくというより価値観の問題なんだよな。時代も違うし。重み云々より、やることやればいいやっていうのも、まあそれでいいんだけど。やっぱり、さっきのことわかって欲しい。背負っているものがあるから、絶対負けられない。一歩でも下がっちゃいけない。そういう紫紺のプライド、重みみたいなものは残すべき伝統だと思うんだけどな。

[構成 石塚章浩] 
●小村敦
 こむらあつし 1970年3月17日生まれ  181cm・95s フランカー 函館有斗高→明大→神戸製鋼
 明大では一年の頃からレギュラーを張り続け、 4年時には主将としてチームを大学日本一に導いた。神戸製鋼では '99年度、'00年度に日本一を経験している。 昨年、惜しまれつつも現役を引退した。 現在は会社の計らいにより東京支社に勤めながら、 明大初のフルタイムコーチとして指導に当たっている。