こぶし大のダイヤモンド 最近、授業でこんなことを言われた。「人の言いなりになってばかりではいけない。それよりも自分の意見をしっかり言えるくらい小生意気にならないと。そのためには何か一つでも自分の自信になるものを身に付けなさい」。目からうろこである。以前から自分は自信のなさに苦しんできた。素直が取り柄だとずっと思っていたがとんでもない。自信がなかったから誰かの言いなりにならざるを得なかっただけのことなのだ。そうか、何かを身に付ければいいのか、聞こえは当たり前だろうが言われるまで見えないものだ。今、このことがさして大きくもない自分の頭の中で大きなウエイトを占めている。 だが実際いったい何をどうすればいいのだろうか。何か一つといっても抽象的だ。それに身につけるものも選ばねばならない。酒に強いからといって自分に自信を持つことができるようになるのか心もとない。 何がいいだろうか。自分は楽器を思いついた。ある映画である俳優が手軽にアコーディオンを奏していた。これなら自信にも結びつくかもしれないし、悲しい夜にもぴったりだ。とはいえ、少し考えてみただけでも問題は多々ある。まず、買えるのか。次に弾けるのか、あるいはなぜもう弾ける気になっているのか。そして最後、自信にはなるかもしれない。しかしそれで小生意気になれるだろうか。 やはり何か違う気がする。もっと根本的なものを身につけるべきなのだろう。ところで同じ授業で心理テストを受けた。目の前にあるダイヤモンドの大きさは、という問いにこぶし大と答えた。ダイヤモンドはうぬぼれを表すらしい。何を身につけるかより死んで馬鹿を直すほうが先決かもしれない。 裏ホイッスル バックナンバー