早稲田スポーツ いろいろインタビューバックナンバー
新企画!ホームページ連載コラムにまた新たな企画が加わりました。紙面ではスペースの都合上掲載されなかったあんなインタビュー・こんなインタビューを余すことなく全文載せちゃいます。
その2 早大競走部の頭脳・遠藤コーチインタビュー
1月8日 早大所沢キャンパス
――まずは今回のシード落ちという結果については?
ベストメンバーで臨めなかったことが大きい。佐藤君(※1)という大砲を使えなくなって、彼一人抜けただけで流れを変えられる選手がいなくなってしまった。2人目の大砲が育ってなかった。そういう点では指導力不足もあった。駅伝の流れをもうちょっと前に変えたかった。
※1:佐藤敦之(人4)。元駅伝主将。フルマラソン学生最高記録保持者。
――残念な結果でしたけど、コーチの中でなにか成果はあったんでしょうか?
成果は後になってみないとわからない。2年前のシード落ちのときは、チームを変えないといけないと思ったけど、表面的なことしか変えられなかった。大学スポーツは選手が入れ替わっていくのでなかなか根付かない。今年はもっと大きく、厳密にやるつもりだし、もう動き出した。来年結果が出るか出ないかで、今年の成果がわかると思う。ただ、この1年佐藤君や大角君(※2)のやってきたことを下が見て感じていることはあるはず。それは今年のチームにも残っていくでしょう。
※2:大角重人(理工4)。元主務。走る主務。今回の箱根では6区を担当。
――佐藤選手はすべて自分の責任だとおっしゃっていましたが、今年のチームは佐藤選手一人に頼りきったチームではなかったと思います。結局佐藤選手抜きで30秒差のシード落ちという結果になりましたが、コーチのなかで今回ポイントとなったのはどこでしょうか?
結果だけを見れば、やはり2区。でもそれを言えば全部が敗因。新井(※3)だってあと15秒はやくつなげれば森村も違った走りをしただろうし、久場や原田(※4)もそう。選手たちはみな、走った人も走っていない人も、自分の責任だと思っている。もう一つぐいっと前にせり出せる力を養えなかった。誰がA級戦犯かと言えば、それは監督とコーチでしょう。やはり学生ランナーには目に見えないところ、不安とかがある。それを完全に取り除いてあげられなかった。そういうことをするのはやはり指揮官だから。ただ今回の責任は一人一人が負えばいいし、それを反省することによって次に活かしてくれればいいと思う。
※3:新井広憲(人3)。新駅伝主将。今回の箱根では1区を担当。
※4:久場潔実(二文4)と原田正彦(人3)。それぞれ3区・4区を担当。
――敦之さんの回復のめどが立たなかった時点で2区のオーダーは森村君に決められたんですか?
そうだね。森村(※5)か原田、どっちかにしようと思っていた。ただ原田は直前に脚を痛めたのと、距離をふめなかったのとで、森村にした。やはり難しいコースだから、不安の少ない方を使った。
※5:森村哲(人2)。今季急成長。2区を担当。
――復路の選手はどういう流れで決まったんですか?
6区は本当は相楽(※6)を使いたかったけど、調子が上がらなかった。かといって大角も下りは準備不足で、不安はあった。7区は中尾、橋本、矢花(※7)のどれを使ってもこの流れでは似たり寄ったりだったので、プラスアルファの力を期待して中尾を使った。往路がいい位置で来てればまた変わっていたんだろうけど。
※6:相楽豊(人2)。昨年の箱根では5区を担当。
※7:中尾栄二(人2)、橋本智之(社4)、矢花誠(人3)。
――ということは、往路でシードを争わない位置だった場合、安定感のある橋本選手などを使うつもりだったわけですよね。でもあの位置で来てしまったので、中尾選手の潜在能力に期待して、賭けに出たと。
まぁそうだね。中尾のプラスアルファの走りをする可能性に期待した。
――この1年を通してなんですが、チームとしてのまとまりというのはどうだったんですか?
しっかりしてた。ずっと敦之が引っ張ってきて、みんなついていっていた。敦之のリタイヤ後は大角がバックアップしてまとめていたし、他の4年生もよく協力していた。12月の初めに敦之が復帰するまでは沈んだムードになっていたけど、敦之の復帰で明るくなったし、活気も出た。箱根にむけてはいいチームになっていたと思う。
――ではチーム全体の流れはうまくいっていたんですか?
結果を見れば良くはないが、チームはうまくいっていた。森村なんかが準大砲くらいにまで育ってきたけど、鳴り物入りで入学してきた連中、特に新井や中尾あたりが年間通していい練習をできなかったことが敗因かな。
――インカレ(※8)くらいまでは本気で優勝を狙えるチームなんじゃないかと個人的に思っていたんですが。
敦之の成長も含めて、1年間いい強化ができれば優勝争いに食い込めるチームにはなると思っていた。
※8:日本学生対校選手権。9月1〜3日に行われた。
――敦之さんの戦線離脱後、優勝という目標に変化はあったんですか?
いや、目標の変更はない。一人が走れないくらいで変更するような目標なら始めから立てない。
――さて、来季に向けてですが、さきほど今年は大きく、厳密に変えていくとおっしゃいました。僕も小耳に挟んだのですが、上と下、つまりレベルの高い選手とそうでない選手をきっちり分けるらしいですね。これは夏の北海道合宿(18人)や箱根前(約20人)の時期以外は非常に曖昧になっていた部分ですが、この改革では上と下のラインというのはどう引くわけですか?例えば1万メートル29分台というようなラインを決めるわけですか?
いや、タイムでは決められない。私が選手を見て決めます。一つのラインは、箱根レベルじゃない、それ以上を目指せる選手をくくってよりレベルアップさせようという感じ。少数精鋭で練習をもっと厳密にして、もっと高いところを目指してもらう。下は箱根を目指してトレーニングさせる。
――きちんと分けるということは、当然遠藤コーチは上のチームを重点的に指導するわけですよね。下のチームはどう指導するのですか?
下にはリーダーを置き、リーダーと話をしてメニューやスケジュール、練習の趣旨などを伝えて、リーダーを中心にトレーニングしてもらう。なにか問題があったときはまずリーダーに相談し、解決できない時は私のところに来るようにした。とにかく下は細かいところまではタッチしない。
――今回の鈴木選手(※9)や昨年の平下選手(※10)のように、今まで一般(※11)の選手たちがレベルの高い特選(※12)などの選手たちと一緒にやることで大きく成長してきました。これは伝統なのかはわかりませんが、そこにワセダは支えられていた部分があったはずです。しかしこの場合、一般が高いレベルの練習に参加する機会を奪う、というかチャンスがかなり減るわけですよね。そこはどうお考えですか?
確かに特選と一般の距離は離れるけど、しょうがない。今まではたくさんの部員たちを取りこぼしなく底上げしようと思っていたが、もうそこまでやる余裕はない。それに一般が一緒にやることの弊害もあった。例えば20キロ走でも、特選の選手が一般をペースメーカーにしてしばらく走り、自分のタイミングでペースアップして一般生をどんどん抜いていく。それで自分はワセダの中でトップクラスだと満足してしまう選手もいる。低いレベルでの満足感を味わってしまい、向上心が欠けてしまう。
※9:鈴木陽介(人4)。最初で最後の箱根で10区を走り区間新。
※10:平下修(平12人卒)。一昨年、昨年と9区を走り、区間6位と3位。
※11:一般入試。もしくはそれで入学した選手のこと。鈴木など浪人経験者もいる。
※12:スポーツ科学科特別選抜入試。もしくはそれで入学した選手のこと。
――なるほど。
逆に一般にとってAクラスでやりたいという気持ちはモチベーションになると思う。一般にとってAクラスは憧れの場所であってほしい。それに鈴木はなんでも自分でやる特殊な選手だった。一般からこういう自分でできる選手が一人でも多く出てくるのが望ましい。そういう選手を下から上に上げたい。タイムとかだけで評価すると慢心してしまう。
――上の選手に関してはどのような方針で指導をされるのですか?
上は個人個人でトレーニングをやらせる。そして居心地の悪いところにしたい。
――居心地が悪いというのは?
つまり、厳しくやろうと思っている。今までやってきたトレーニングはそんなに間違っているとは思わないので、考え方とか、チームの大黒柱という責任を持って行動できるように指導していく。
――個人個人でのトレーニングにコーチ自身はどう関わって指導するおつもりですか?
上はメニューを自分で考えさせて、私に提出してもらい、話し合いながら決めていく。これは今までは怖くてやらなかったことだが、将来社会人でやるときや、指導者になったときにプラスになるだろうし。
――怖かったというのはどういう点が?
やはり学生が自分で決めていくと妥協してしまう可能性や、冷静に自分の状態を見られずに故障する可能性とかがあるからね。今回は細かいところは話し合っていくけど、基礎的なところは厳密にはしない。
――個人個人でトレーニングをすることで、チームワークが薄くなることはないのでしょうか?
必ずしもトレーニングを一緒にやることがチームワークにつながるわけではないと思う。馴れ合いよりも個人個人でがんばることでお互いを尊敬できるような関係の方がチームワークはつくだろうし、ミーティングや居酒屋に行って一緒に酒を飲みながら語り合ったりすることでチームワークを強化してほしい。
――今までのお話からすると、今回の改革のキモは特選をしっかり伸ばすことにあるんですよね。
そうだね。昔と違って、特選にとって知らず知らずのうちに箱根が高い山になってしまった。渡辺や小林(※13)のいた強かった頃の特選は、ワセダで陸上をしてオリンピックやユニバーシアード、もしくはマラソンなどで世界と戦いたいと思っていた。今の特選でそこまで高いところを見ているのはほとんどいない。箱根は言ってみれば、学生の、しかも関東の大会。大会のレベル自体が高いというわけではない。本来高いところを目指せる資質を持った選手たちに箱根という小さい山を見せたらそれで満足してしまう。そういう点で、今回の分け方は箱根より高いところを目指している選手たちをAクラスに、箱根を目指す選手たちをBクラスにした。
※13:渡辺康幸(平8人卒=現エスビー食品)と小林雅幸(平9人卒=現三井海上)。ともにワセダの黄金時代を支えたスーパーエース。
――現在、Aクラスの選手たちがめざしているところはどこですか?
後藤(※14)や森村なんかはマラソンを頭に入れて、30キロのロードレースに出たいと言っているし、新井はトラックでもっと上を、原田は学生ハーフマラソン選手権で上位に入ってユニバを目指している。そういうのをしっかりクリアさせていくことでレベルアップするだろうし、それが自然と箱根の結果にも表れるでしょう。
※14:後藤信二(理工2)。9区を担当。昨年はルーキーながらアンカーを担当した。
――どうして最近の特選は伸びなくなった、言い換えれば高いレベルを目指さなくなったのでしょうか?
うーん、なにかこれだという理由があるわけではなく、少しずつ変わっていったね。
――個人的な考えなのですが、武井・櫛部・花田(※15)の3人や、渡辺などは特選のかなり初期段階の選手たちですよね。つまり彼らには自分がワセダを背負って立っているんだ、ワセダの顔なんだという意識があったのではないでしょうか。しかし特選制度が定着するにつれて、他の部も含めて特選でも活躍しない選手が出てくる。それが特選の選手たちの妥協を生み、プライドを失わせて、徐々に高いレベルを目指さなくなっていったのではないでしょうか?
それはあるだろうね。今の特選にはワセダを代表する特別な選手という意識はなくなってきてるし、活躍する場は箱根で十分と思ってる。知名度が高いというだけでね。特選にはもっと上を狙う意識がなければいけない。究極の話、箱根に出られなくなったらいろんなところに目が行くと思う。注目度で箱根を大きな山だと勘違いしてる。コーチも含めて。
※15:武井隆次・櫛部静二・花田勝彦(すべて平6人卒=現エスビー食品)。特選3期生。平成の3羽ガラスと呼ばれ、ワセダの黄金期を作った。
――それは我々メディアもでしょうね。それにしても箱根に出られなくなったらというのはすごい発想ですが。それは予選落ちするとかじゃなく、根本的に部として箱根駅伝を目指さなくなったらということですよね。
そうだね。例えばの話だけどね(笑)。
――今年の改革はこれだけですか?
今のところは。
――選手たちと話をしていると、寮の食事に対する不満もちらほら聞くんですが。
食事に関しては私はタッチしてないんでね。食事や寮の設備なんかはOB会の上のほうがやってる。私は下っ端だから(笑)。でも食事に不満があるのなら自分たちで仕送りをあと1万円増やしてもらうように親に頼んでみるとか、そういうことをしないと現状以上は難しいだろうね。選手たちから出るいろんな声は監督には伝えてるけど。
――ということは、油分が多いとか、きちんと栄養計算ができていないとか、そういう不満を解消するために栄養士を雇うというような対策は無理なんでしょうか?
そりゃ他校に比べて足りないものはたくさんあるけど、自分たちでやっていくことが必要なんじゃないかな。
――それから昨年は全日本の予選(※16)のころ丸刈り令が出ましたよね。それに対して反発も多少はあったようですが、今回、法大の徳本選手(※17)などは服装や髪型を自由にやっていても陸上に対して真摯に取り組んでいれば結果は出ることを主張しています。そこのところはワセダではどうなんでしょうか?
服装や髪型に関してはみんなが同じ気持ちでやりましょうとすることが大事。
※16:全日本大学駅伝予選会。埼玉県・鴻巣陸上競技場で6月上旬に行われ、早大は3位で通過。
※17:徳本一善(3年)。法大のエース。金髪と奇抜なサングラスがトレードマーク。
――ではミーティングなどで、競技に関してはきっちりやるので髪型を自由にしてほしいという要望が全会一致で出たとしたらどうしますか?
許可しない。
――わかりました。どうもいろいろ丁寧に答えていただいて、しかも雪の中長いことありがとうございました。
聞き手:宮崎厚志
◆遠藤司(えんどう・つかさ) 1985年(昭60)教育学部卒。83、84年の箱根で10区区間賞を獲得。ソウル五輪1万メートル代表。瀬古利彦コーチ(昭55教卒=現エスビー食品監督)の後任として平成6年度からヘッドコーチに就任した。
毎年、国立競技場に六万人もの観衆を集める早明戦。でも、その人気がいつ生まれ、なぜ今まで続いてきたのか、みなさんは知っているでしょうか。今でこそ日本のラグビーを代表するするビッグゲームになったものの、その歴史や魅力にはまだまだ謎が多いようです。そこで今回は、我が早大ラグビー部前監督であり、日本代表のキャプテンも務めたことのある日比野弘氏に、早明戦についていろいろな疑問をぶつけてみました。
@早明戦にかける選手の思いについて
六万人もの観衆のなかで試合をする選手達は、どんな心境でゲームに望むのでしょう。あの江原主将でさえ、早明戦では「なにをやってるかわからなくなる」という早明戦。まずはそんな選手の気持ちについて話してもらいました。(●は早スポ)
●なぜ野球のように早慶戦じゃなくて、早明戦なんでしょうか
日比野弘前監督(以下日比野氏)>それはね、慶応がルーツ校で早稲田は慶応に教わってきたわけだから、創部時代の人達っていうのは明治よりも慶応のほうがおもいれは強いよ。早慶戦は別だ、と彼等は言ってる。だけどその後、昭和に入ってからはさ、慶応のリーダーシップが失われてきて、早明拮抗の時代になってきたからね、それから50年もほとんど早明戦が優勝を争うゲームだったから、そういう戦後の歴史がそうさせたんだろうね。
●早明戦とは選手にとってそれほどまでに違うものなんですか?
日比野氏>うーん。違うなぁ。いや極端な話、早稲田としてはね、他全部負けてもいいから明治だけには勝ちたいというのはあるからね。その最後に早明戦に出る、選ばれた選手達は、出られない百何人のためにもね、俺の力を全部出し切ってやろうという思いが込み上げてくるよ。そういうことがずっと続いているからね、外から見たら「なんでそんなに早明戦だからって力むの?」ってことになるかもしれないけど、それは早稲田でも明治一緒でね、去年の早明戦なんかはその明大の気迫でやられたと思っているからね。
●選手として一番印象に残っている早明戦は?
日比野氏>一番印象に残っているのは一年生の時の早明戦かな。当時WTBのレギュラーがけがして、思いがけず出ることになったんだよ。早明戦の一週間前から合宿を組むんだけどそれに選ばれてね。今もそうだけど、その週の木曜日にタックルマシーンに相手のジャージをきせて必ず練習するんだ。
●その時に自分の対面の名前を呼びながら行くんですよね。
日比野氏>そうだね。当時僕の対面は宮井(昭和30年・明治キャプテン)だったんだけど、タックルマシーンに「宮井―!」って叫びながら行くんだよ。当時のタックルマシーンは性能が悪いから、かなり強いタックルじゃないと外れないんだね。それで大西さんに「そんなタックルで宮井がこけるかー!」って何度もやらされたよ。俺が1年のときからやってるから、ずっとやってるんだろうな。
やはり選手としては早明戦に相当な思い入れがあるようです。日比野氏は、「早明戦は生きては戻らないような気持ちになる」とも言っています。凄いですね。対校戦の最終戦である早明戦には、その年の早大と明大のベストメンバーが出るといわれています。彼等は、出られない百何人の部員達の思いを背負ってフィールドに立つのでしょう。「試合前に泣く選手もいる」というのは、そんな責任感からかもしれません。
A早大と明大の対極的な戦法について
『タテのメイジ、ヨコのワセダ』と、いつしか早明戦はそう呼ばれるようになりました。これは明大が、重く強いFWで縦突進を繰り返すのに対し、早大の機動力に富んだBKがライン攻撃でかき回す、といった試合内容になるためです。でもこの両校の特徴を知る人は多くても、それがいつ始まったのかを説明できる人は少ないはず。そこで自らも監督として指揮をふった日比野氏に、そのことについて聞きました。
●なぜここまで、早大と明大はタイプが違うんですか?
日比野氏>うーん、不思議なんだよね。チームそのものの監督の違いもあると思うな。北島さん(前明大監督・その監督暦67年というのは世界最長)は相撲部だったしね。とにかくまっすぐ押すんだ、というね。宮井(昭和30年度明大主将)との対談の時でも笑ったんだけど、「とにかくボールもらったら、まっすぐ走れ。ぶつかろうがなしようがまっすぐ走れ。親父さんそれしか言わなかった。」って言ってたね。でもやはり相手を抜いてね、走る走り方も大事だって先輩がこっそり教えてくれたらしいよ。そんなことやったら怒られるってね。とにかくゴールにまっすぐ走るのが一番近いんだから、したがってFWがまっすぐ押す、そこが原点なんだろうね。だから指導者の考え方もあるし、その強いFWにどうやったら勝てるのか、っていうことで、大西理論(『接近・展開・連続』というスローガンに代表される。密集戦をさけ、ボールを素早くラインに出し、BKを走らせる戦法)が出てきたわけだから、お互いに勝つための手段を考えているうちにそういうかたちになってきたんだね。それがいかにも明治らしさになるし、明治の選手達もそういう勝ち方を求めていく,u「鵑世諭C「C靴覆里蓮◆崛甍霤弔僕茲譴个ソ阿気鷭个蕕譴犬磴覆い@¬声C覆:ネ惇はでっかいのが多くて出られないよ」というような選手がいることだね。だけどFWで力に自信あるやつは明治に行ってFWで豪快にやりたいんだね。BKで動くやつは早稲田のほうに行きたがる傾向があるね。そういう部員で戦わなきゃならないんだから、ますます特徴が強まるよね。だけど、早稲田はBKでいろいろやるけれども、FWで負けてて勝った試合ってなかなかないんだよ。
●大西監督について聞かせてください。
日比野氏>うーん。やっぱりカリスマ的存在だったんだろうね。今もやっているジャージに塩まいて渡したりするなんてのは大西さんが始めたんじゃないかな。明日戦うんだっていう最後のセレモニーだったね。昔、武将が兜に香を炊いて戦場に赴いたとか、そういう生きては戻らないというような気持ちになってくるんだよ。続けなきゃいけないって誰も言ってないんだけど、やっぱりあれをやらないとビッグゲームのような気持ちにならないんだろうな。そして監督から一人一人にジャージを手渡す、つまりはたくすわけだ。このジャージをお前一人で着ると思うな。ってことだろうな。そしてみんな寄せ書きして、それを国立競技のロッカーに張るわけだ。今もその通りやってるんだね。
●大西監督と北島監督の関係は?
日比野氏>うーん。お互いに全然違けれども、お互いに認め合っているというかな。北島さんは、批判的な人から見ると、「あの人の理論はなにもない。ただ押せというだけだ」と言うかもしれないけど、大西さんから見れば、そこに徹し切るのが北島さんのすごさであってね。実際そう思っていたし。北島さんは大西さんのことは、よく研究して、FWが弱くてもなんとかがんばっていける点を評価していたしね。だから、俺も学生によく言うんだけど、早稲田と明治のいいところは、お互いに相手のいいところをよく知っているということだね。早稲田としても明治をやっつける方法はよく知っているわけだよ。だけどなかなかできない。明治としても、早稲田はいろんな事をやるけれども、あんなものFWでプレッシャーかければなにもできないんだ、だから押すんだ、とね。そういうところにね、昔からそうなんだけど、お互いに相拮抗した持ち味を持っているというかね。相撲でいえば、がっぷり胸があったら明治が勝つよ、と。離れて俊敏に動いたら早稲田の勝ち、と。そういう自分の持ち味をどこまで出せるかというところで毎年戦っているんじゃないかな。早稲田にしてみ,u「譴侈声C吏ネ惇は、後ろに動かしてしまえば何もできないんだ。ああいう明治の凄さが全然出てこなくなるんだ。明治を後ろに走らせるためにいろんな事をして、敵の弱点をつく。一方明治は、早稲田のいろんなフォーメーションをパワーでとにかくやらせないというところに勝負をかける。まぁ、この頃少々、変わってきた感はあるけどね。つまりは明治は個々の力を生かして戦うほうだし、早稲田は組織的なところに重点を置く。
●明治は昔から大きいFWで押すというスタイルだったんですか。
日比野氏>そうだね。明治はやっぱり勝ち負けじゃなくて・・・そうだ、この間の慶明戦(11月5日・22−53で慶応が全勝対決を制した。)を見たOBは泣いてると思うよ。彼等は勝つことよりも、あれが耐えられない。FWがあれだけねぇ、やられる、めくり返される。あんなのは全く信じがたいことだよ。
●今年の早大もやはり押されますかね。
日比野氏>今年は五分にやれるんじゃないかな、FWは。ただし、この短い間で明治は死に物狂いで立て直してくるだろうし、FWを強くしようとか、そういうノウハウは明治のほうがよく知っていると思うよ。
ワセダとメイジ。この相対する両校の伝統的なスタイルは、故人・大西元監督と故人・北島前監督よって築かれ、現在に至っています。この、言うなれば、全くタイプの違う二つの怪物(ウルトラマンとゴジラのような?)が、毎年のように熱戦を繰り広げるところに、早明戦最大の魅力があるらしいということです。今年の早明戦について日比野氏は「全くどうなるかわからない。下馬評が全然あてにならないのが早明戦だからね。ただ一つ言えるのは、ハラハラする、面白い試合にはなってくれるということだね」とコメントしています。あの名将でさえ、予想がつかない早明戦。これは本当に、国立競技場へ足を運ぶ価値があるといえるのではないでしょうか。