愛のむちは単なる無知 「NO!スポハラ」サミット
「NO!スポハラ」サミットが3月17日、都内で開催された。スポハラはスポーツハラスメントの略語で、スポーツの現場における暴力、暴言、ハラスメント、差別などを指す。2023年(令5)4月25日、日本スポーツ協会、日本オリンピック委員会など、スポーツ主要6団体が、「だれもが安全・安心にスポーツを楽しめる社会」を目指すため活動を始めた。約1年間の活動を振り返るとともに、今後の課題などを話し合った。
その他スポーツ
約700人が参加
スポーツにおけるハラスメントを撲滅するための「NO!スポハラ」サミットには、来場、オンラインを合わせて約700人が参加した。指導者や保護者ら、スポーツに関わっている方が主だという。
この700人はスポハラへの意識が高く、おそらくハラスメント行為をはたらく可能性は低いだろう。
こうした勉強会の難しいところは、参加しない、興味を持たない…つまり、依然として意識や行動が変わらない層に対して、いかにアプローチするかが重要といっていい。
パネルディスカッションでは、そのポイントを突く質問が出た。
パネリストの1人、高校野球で、昨夏の甲子園大会を制した慶応高・森林貴彦監督への質問だった。
Q:高校野球においてはいまだにスポハラやガイドラインを無視した練習などがたくさんあると思います。対戦相手がこのようなことをしていた場合、森林様は指摘されますか?
森林監督は「厳しい質問ですね」と苦笑いした後、真顔でマイクに向かった。
「僕が言いますよって簡単には言えませんね。だから、直接じゃなく、例えば今日のような場だったり、本を書いたりした方が、広く皆さんに伝えられると思うし…もちろん直接のところでも頑張ります」
柔道五輪の金メダリスト、谷本歩実さんも「難しい質問ですね。私も、自分で示していくっていうのが第一かなと思います」と同じ意見を口にした。
かつては日常的に行われていた体罰指導などに対し、近年は厳しい目が向けられている。発覚した場合は厳しい処分を受け、中には暴行の疑いで逮捕される事案もあった。
しかし、依然として体罰や暴言は後を絶たず、2023年度に日本スポーツ協会(JSPO)が設置した窓口への相談件数は、前年度の373件を超えて過去最多を更新する見込みだという。
2極化が顕著になっていると感じる。つまり、スポハラに高い意識を持つ層と、まったく関心を示さない層との差が広がっている。だからこそ、関心を示さない層へのアプローチが重要になる。
もちろん、これはメディアの役割でもある。発覚した事件を報じるだけでなく、さまざまな意見や実例を報じることで、不特定多数の人々に興味、関心を持ってもらう。それがスポーツ報道に携わるメディアの使命といっていい。
「交流」のキーワード
もう1つ、パネルディスカッションでは重要なキーワードが出た。「交流」である。
森林監督、谷本さんが質問に返答した後、 ファシリテーターを務める大体大の土屋裕睦教授が、言葉をつないだ。
同教授はスポーツカウンセリングを専門とし、指導者育成などを手がけてきた、スポーツ指導における諸問題の第一人者である。私が書いた連載「マフィア指導を撲滅せよ」にも登場している。
土屋教授直接は言えないけど、向こうの指導者が見ている前で、相手チームの選手に感想を聞いてみたらどうですか? 慶応は伸び伸びしていたけど、僕たちはちょっと萎縮してできませんでしたなんて、気づいてくれるかも。
森林監督試合が終わった後に、一緒に食事しながら試合を振り返るとかは、最近積極的にやるようにしています。練習試合って、指導者同士は話すけど、選手は儀礼的にあいさつして、試合をやって、結局、言葉も交わさないで帰っていく。選手同士も、もっと交流しないともったいないと思って。試合後、ポジションごとに分かれて弁当を食べたりすると、試合の振り返りをしたり、「どんな練習しているの?」とか、「うちは、こういうところに気を付けているよ」とか。高校生は打ち解けてしまえば、大人よりよほど早いですから。
土屋教授なるほど、監督に直接言えなくても、選手同士が交流して、お互いにいいところを学び合えば、自ずと指導者も変わっていくかもしれませんね。
ラグビーでは「アフターマッチファンクション」といって、試合後に両チームや審判員などが交流し、意見を交換している。試合終了と同時にノーサイド…つまり、同じスポーツを愛する仲間として接するわけだ。
森林監督は大学卒業後に企業に就職するも、退社して筑波大大学院に通い、コーチ学を専攻した。このとき、他競技の経験者と交流したことを契機として、野球界の問題点などを考えるようになったという。
森林監督交流という言葉が出てきましたけど、指導者が外の世界、いろいろな方と交わっていくことが大事かなと思います。どうしても自分の競技だけの常識で考えたり、高校野球や少年野球はこうでいいんだと考え、それを誰にも否定されない世界にいると、なかなか変われない。私だと最近、いろいろな企業の方とお話しする機会が増えて、そうすると企業が求めている人材と、今スポーツ界が育てている人材のギャップみたいなものを非常に強く感じます。企業側が「いらない」っていう、監督の言うことだけ聞くみたいな人材を一生懸命育てているみたいな。やっぱり外の世界に出ないと気づけない。
谷本さん私たち日本オリンピック委員会も、トップアスリートが交流する場を非常に大切にしています。選手同士が会話をして気づくことがたくさんあって、次のステップにつながっていくと思っているんですね。だから、この交流はすごく重要だなって。
土屋教授交流は大切ですね。今日ここにお越し頂いた皆さんも、休憩時間に名刺交換などしてもらえば、このつながりがどんどん広がっていきますね。
約3時間に及ぶサミットが終わると、参加者同士で名刺交換をする姿が見えた。私も数人と、あらためて会う約束をさせてもらった。
事件を機に根絶宣言
なお、「NO!スポハラ」活動の経緯について記しておく。
2013年(平25)4月25日、日本スポーツ協会、日本オリンピック委員会、日本パラスポーツ協会、日本中学校体育連盟、全国高等学校体育連盟の5団体が、「スポーツ界における暴力行為等根絶宣言」をした。
宣言の契機は2つの事件が相次いだことだった。2012年12月、大阪市内のバスケットボール部主将が、顧問を務める教員の指導を苦に自殺した。そして、13年1月には女子柔道界で、指導者による選手への暴力行為が表面化した。再発防止を誓って、主要団体が共同で動いたわけだ。
宣言から10年が経った2023年4月25日、大学スポーツ協会を加えた6団体で、「NO!スポハラ」活動を開始した。10年が経っても、スポハラの根絶に至っていないことが理由だった。
「だれもが安全・安心にスポーツを楽しめる社会を目指す」を目標に、セミナーの開催や、100人以上のアスリートが参加したメッセージ動画などで、情報発信を続けてきた。
元バレーボール日本代表で日本スポーツ少年団の本部長を務める益子直美さんは、活動の中でこんな言葉が印象に残ったという。
「セミナーで特に印象的だったのは、勝つために体罰や言葉の暴力が必要な『愛のむち』と容認されていた時代もありましたが、これは『愛のむち』ではなく、指導者の学び不足による単なる『無知』だというお話です」
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
コラム「手帳の余白」
日刊スポーツに「特別編集委員室」が立ち上がりました。取材経験が豊富、かつ表現力が豊かなライター集団。「日刊スポーツ・プレミアム」を中心に、健筆を振るいます。飯島智則編集委員は、コラム「飯島智則 手帳の余白」を随時掲載。どうぞお楽しみ下さい。
1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
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