阪神原口が初3番一塁でV弾!有事一塁ミット役立つ

8回裏阪神1死一塁、左越え2点本塁打を放つ原口(撮影・清水貴仁)

<日本生命セパ交流戦:阪神2-0オリックス>◇20日◇甲子園

 阪神原口文仁捕手(24)がチームの窮地を救う千金弾だ。「日本生命セ・パ交流戦」オリックス戦(甲子園)で、打順、守備位置とも初めて「3番一塁」で出場し、8回に6号2ランを放った。これで交流戦の全日程が終了し、パ・リーグが通算60勝47敗1分けで11度目の勝ち越しを決めた。

 シンデレラボーイ原口がミラクルボーイへと変貌した。0-0で迎えた8回1死一塁。カウント2-2から、オリックス佐藤達の外角スライダーを迷いなく振り切った。白球は浜風の後押しを受け、左翼ポール際に着弾。猛虎の危機を救う決勝2ランとなった。

 「しっかり自分のスイングをしようと心がけて入っていきました。入るかどうか微妙な当たりだったんですけど、お客さんの応援と風のおかげで入ることができました」

 チームは負ければ初の交流戦最下位となる可能性があった。さらに14試合ノーアーチ。負の流れに終止符を打った会心の一撃。金本監督も「そこでゴメスという選択肢もあった。今年の原口を見ていて、3打席ダメでも、4打席目でポーンと結果を出したりする。そこに期待した。ビックリするよね。最高の結果になった」と、それまで2三振していた男に懸けたことが実って笑顔だった。

 この日、大砲ゴメスが不振で2試合連続スタメン落ち。代役として指揮官が白羽の矢を立てた。「3番一塁」でシーズン初出場。捕手1本で挑むと意気込んだ今シーズンだったが、万が一の出場機会に備えて3年ほど前から使用していたファーストミットが役に立った。「試合の時は役割があるんでそこでしっかりやるだけなんで」と話した。

 帝京時代は、片道2時間かけて通学した。帰宅後も、夜11時ごろから毎日のように練習した。庭につくったバッティングケージに入ると、父秀一さんに要望を出した。「あのチームのあの子はこのコースが多いから。次の子はここだから。あの投手はここに良く投げてくるから頼むね」。何千球、何万球と家族とともに磨き上げた打撃スタイルで、猛虎の危機を救った。

 チームは交流戦を10位でフィニッシュ。何とか最終戦の関西ダービーを制し、リーグ戦の順位を1つ上げた4位でセ・リーグ再開の24日広島戦に向かう。【梶本長之】

 ◆原口文仁(はらぐち・ふみひと)1992年(平4)3月3日生まれ、埼玉県出身。帝京高では3年夏に甲子園出場。09年ドラフト6位で阪神入団。12年オフに腰を痛め、育成選手契約に変更。今年4月に支配下登録に復帰。5月は打率3割8分、5本塁打、17打点で育成枠経験のある野手では初の月間MVP。182センチ、86キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸480万円。