NPB斉藤惇氏に「野球くじ」聞いてみた/一問一答

プロ野球界への思いを熱く語った斉藤コミッショナー(撮影・狩俣裕三)

 昨年11月に就任した日本野球機構(NPB)の斉藤惇コミッショナー(78)が、このほど日刊スポーツのインタビューに応じた。開幕を目前に控え、野村証券副社長、産業再生機構社長などの経歴を持つ経済界の重鎮に、NPBが12球団と検討を始めた「野球くじ」などについて聞いた。(取材・構成=斎藤直樹)

 <一問一答>

 -セ、パ両リーグの開幕を前に心境は

 「フレッシュです。キャンプは12球団見ました。寒い中で体をつくっていくのは大変な仕事だなと。監督は優勝を期待されて大変なプレッシャーがあると思う」。

 一ファンだったこれまでと違い、トップとして現場の努力を目の当たりにした経験は今後に影響するだろう。2月、NPBが超党派のスポーツ議員連盟から野球くじの再検討を昨年に要請されていたことが判明した。NPBは野球振興事業に年間約1億円を使うが、野球くじは新たな財源として選択肢に挙がる。では、その事業の対象となるアマチュアに対し、どう思っているのか。プロとアマは長年「壁」を指摘されてきた。

 -新年のあいさつでは「アマチュアを支援したい」と発言した

 「アマチュアを特別に支援したいと伝わったかもしれないが、必ずしもそうでない。日本はプロ、アマと分けすぎ。ルールの考え方などあまり分ける必要はないと思う。いい選手が入らないとプロもできない」。 「野球をやるとお金がかかるらしいですね。お母さんの弁当当番などを軽減したい。野球を終えた人が全国にいる。プロでなくても、元高校球児でいいところまで行った人も。子供に指導していただいて、少しでも報酬を与えたい。今は午後3時以降に運動場に鍵を掛ける学校もあるらしい。(事故があると)先生が責任を取らされるので。運動の分かる人が3人もいれば開けられるのでは。NPBから流れができれば。一種の社会運動ですね」。

 その運動をリードしていくとしてNPBには十分な資金があるのか? 野球振興のため積み立てている特別会計は、今後2~3年で底を突くという。

 「何をやるにもお金は必要だ。プロはお金があるだろうと思われるが(NPBは)非営利団体なので、そうでもない。サッカー、MLB(米大リーグ機構)はお金を1回まとめて再配分している。NPBはそういう制度ではない。MLBは(機構が)すごい力を持っている。いい面も悪い面もあり一概に米国がいいとは思わない。オーナーの意見が1つにまとまればいいが、そうも…。NPBがまとめ、みなさんの理解を受けて資金の配分ができるといい。簡単ではないが、方向感はそうしたい」。

 -元楽天監督の星野仙一さんは生前、野球振興事業の財源として、野球くじを提案していた

 「いろんな意見がある。今は拝察するに簡単ではない。それぞれの考えがあり、あなたが正しい、間違っている、というものではない。くじを入れたら、こういう問題も、いい面もあるのではと。心配する方もいれば、メンツ上の問題もある。なぜサッカーの後なのか、なぜ国が入ってくるのかとか」。

 慎重な言い回し。さまざまな経験を積んだ経済界の重鎮らしい。斉藤氏は20年以上前の橋本内閣時代から、政府の各種審議会委員などで金融サービスの自由化に力を注いだ。

 「僕は50年近く、国の介入と闘ってきた典型的な人間。役人が入ることには徹底的に抵抗してきた人間だ。さはさりながら、抵抗しながらも、国の力とか地方の力とかを完全に無視して事は成されない。そこは嫌というほど分かっている。分かっているが、国とか利権とか政治の目的に使われるのは嫌だ。純粋に地方の子供のスポーツに使われるのならいい。くじがどうなのかという問題はある」。

 資本主義の最たる証券取引所の社長を務めた78歳は国や役人の介入を嫌う、ある意味では気骨ある人という印象を持った。

 「まだ少し、いろいろ研究していかないと。1つのアイデアとして(野球振興事業の)財源として使えるのではというヒントはある。くじにいくかいかないかの問題の前にどういう風にしたら可能性があるのか、賛成が得られるのか、どこが本当に問題なのか、もう少し詰めないとだめですね。いろいろ研究したい。eスポーツも、サッカーが先にいる。川淵さんたちは軽い。いい意味で。あの組織は動きやすい。善かれあしかれ野球は伝統が違う。我々の仕事のしどころだ」。

 言わんとするところは分かる。立場上、いろいろ配慮しているのだろう。あえて単刀直入に聞き直した。

 -くじには賛成でも反対でもないのか

 「まったくニュートラルです。今のところ。いずれにしても研究はします」。

 プロ野球は、1969年に野球賭博に絡む八百長が発覚した「黒い霧事件」の反省から賭けの対象になることに抵抗が強い。15年のオーナー会議では否決した。その後、巨人選手の野球賭博関与も判明。だが、昨年5月、スポーツ議連から再検討の要請があった。斉藤コミッショナーは就任後、議連の遠藤利明元五輪相から「非予想型だから八百長は起きない」と説明された。非予想型とは「BIG」のように買い目を選べず、自動的に割り当てられるタイプのくじ。どう感じたのか。

 「淡々と聞いていた。非予想型は当然だと。非予想型ですら、いろいろ皆さん思っておられる。そこまで読むか読まないかという問題はあるが、全体を100とすると、野球、サッカーと言いながら、実際は(競技団体への配分は)10か20ではないか。国が70とか60とか。国家予算とか国の競技場とかを造りたいのならファンドなどで集めればいい。地方財政と絡ませているように見える。実際に絡ませているかは、私はコメントしないけど。野球くじといえば(収益を)全部野球に使えるとか、少なくとも7割ぐらいは野球に使えるとなれば、賛成する人も増えるのではないか」。

 あまたの大型契約を結んだであろうビジネスマンとしての姿が浮かぶ。

 -野球くじの収益を国に使われたくないという気持ちがあるのか

 「宝くじは旧第一勧銀、今のみずほ銀行にしか販売権がなく、国につながっている。戦後、財源がない時の復興財源だった。まさしく国がお金を集めるためにやっていた。皆にあめ玉をやりながら。そこをある程度分かった人は考えますよね。純粋な星野さんのような意見もある。遠藤先生が『子供が大事なので国が3割でいい、野球で7割使ってくれ』となれば、すっといくかもしれないね」。

 -日米のプロ野球は市場規模が95年ぐらいまで大差なかったが、今は約8倍もの差が開いた

 「日米は何を見てもそう。20年間。GDP(国内総生産)も企業利益も野球も。収入とファンの数も、日本はずっと変わらない。米国はこう(右肩上がり)。なぜか。1つは(米国は)チーム数を増やしている。前の(セリグ)コミッショナーがガラッと変えた」。

 -同じような改革が期待される

 「私はもう墓穴に近いから(笑い)。若い人がやればいい。地ならしをできれば。オーナーも年齢、業種の差がある。引き継ぎやすい道をつくっておくのが重要。企業も同じ。天才的経営者がいると次が大変。ラジカル(急進的)じゃなくても、すっと変えられるコンセンサス(合意)をつくりたい」。

 実業界からのコミッショナーは38年ぶり。野球協約上、裁定の最終決定者であり、法曹界出身者が多かった。ビジネス面の手腕は間違いないだろうが、球界の歴史も考慮した組織運営を求めたい。

 ◆斉藤惇(さいとう・あつし)1939年(昭14)10月18日、熊本県生まれ。済々黌から慶大商学部に進学し、63年に野村証券入社。野村証券で副社長を務めた後、産業再生機構の社長としてダイエーの再建に尽力。東京証券取引所社長として大阪証券取引所との経営統合を実現。両取引所を傘下に置く日本取引所グループのCEOに就任した。15年から資産運用会社「KKRジャパン」の会長を務め、昨年11月にコミッショナー就任。座右の銘は「至誠天に通ず」。趣味は野菜作り。

 ◆サッカーくじの助成金 02年から昨年10月までに1435億円が助成され(1)地域のスポーツ施設整備に615億円(43%)(2)スポーツの競技水準向上に510億円(36%)(3)地域スポーツの普及に262億円(18%)(4)東日本大震災の復旧・復興支援に48億円(3%)が配分された。日本スポーツ振興センターによると「特定のスポーツに重点配分することはない」といい、サッカーも1つの競技として扱われている。

 ただし、Jリーグのホームスタジアムを新設する場合は30億円が 助成され、ガンバ大阪、ギラヴァンツ北九州などに使われた。