最後まで攻撃の手を緩めないなどの意味から西武の前身、太平洋の打線が「山賊打線」と呼ばれたのは75年。応援歌の歌詞に「ごつい顔だよ 山賊打線」とある。元阪神監督の真弓明信氏(日刊スポーツ評論家)が当時を振り返った。
75年といえば、江藤慎一さんが監督になった年やね。土井正博さんがホームラン王、白仁天さんが首位打者。ほかにも基満男さん、竹之内雅史さん…とにかく個性的なメンバーだった。もちろんグラウンドでもすごいし、グラウンド外でも(笑い)。
当時の私は1軍に定着したばかり。土井さんと家が同じ方向だったこともあって、平和台球場への行き帰りは運転手役だった。帰りは中洲で降ろすんだけどね(笑い)。そういうこともあって、土井さんにはかわいがってもらったよ。
今と違って遠征先のチーム宿舎に食事はなくて、球団からお金を渡されて勝手に外で食って来い、というシステム。レギュラーの人たちによくご飯に連れて行ってもらった。
びっくりしたのは2時、3時まで遊んでホテルに帰って、何げなしに屋上に行ったら、調子を落としていた土井さんが素振りをしていた。あれを見たときに、やっぱりすごい、自分はもっと練習せんと、と思った。今年の西武打線はすごいね。でも当時の太平洋と比べると、だいぶスマートじゃないかな(笑い)。