芸能界引退を選んだ奥村チヨの美学「歌えるうちに」

歌手活動からの卒業を発表した奥村チヨ(撮影・山崎哲司)

 歌手奥村チヨ(70)が、年末をもって芸能界を引退することが、5日までに分かった。最後の作品は今月24日発売のアルバム「ありがとう~サイレントムーン」。65年3月「あなたがいなくても」でデビューして約53年。「声が出るうちに歌手を終えたい。やりたいことは全て楽しんでやったから、引退というよりも卒業です」。日刊スポーツの取材に、完全燃焼した歌手生活を振り返った。

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 「恋の奴隷」「恋泥棒」「恋狂い」の“恋シリーズ3部作”の官能的な歌声や、「終着駅」の大ヒットで昭和の歌謡史を彩った歌姫が、歌手活動に終止符を打つ。日刊スポーツの取材に対し、奥村は「最初は『引退』という言葉もスタッフから出たけれど、それよりも『卒業』がいいと思いました。やり残したことはない。すべてを楽しみながらやれて歌手としては最高です。後悔? ありません。『まだ歌えるよ』と言われるうちに辞めたい。美学です」と、笑顔を絶やさずに歌手生活を振り返った。

 65年のデビュー直前、高校の卒業式にヘリコプターが迎えに行き「奥村チヨ、芸能界に飛び立つ」という派手なイベントを行ったことは今でも語り草だ。70年前後には恋シリーズや「終着駅」などのヒット曲を連発し時代の寵児(ちょうじ)に。93年になって60年代ブームが起こると「恋の奴隷」がリバイバルヒット。若者の間で“チヨフィーバー”が起こり大学の学園祭に引っ張りだこになった。

 「曲だけでなく、ファッションも若い人たちに気に入ってもらえた。当時、仕事のオファーを半分断ってもスケジュール帳は真っ黒。毎日、3本くらいテレビに出ていました」。以降、毎年のように行っているディナーショーやコンサートは「親子3世代で駆けつけてくれるファンが急増した」と振り返った。

 最後のアルバムには、往年のヒット曲14作のほかに新曲「サイレントムーン」を収録。「卒業することを一番驚いている」(奥村)という夫の作曲家浜圭介氏(71)が手がけた。自身を月に見立てた女性が、好きな男性をそっと見守る心情をつづった歌謡曲だ。「最初にこの曲を聞いたときに、ほれ込んじゃった。これを歌ってからでないと、歌手を終われないって」。

 無事にレコーディングを終え現在は「1人でも多くの人にこの曲を届けたいという、熱い思いでいます」。年内はアルバムのプロモーション活動などを行う予定だ。歌手卒業にあたり、ファンへのラストメッセージを色紙に書いてもらった。「卒業 ありがとう」。半世紀を超える歌手、そして芸能活動をファンへの感謝の言葉で締めくくった。【松本久】