将棋の名人獲得経験者で「ひふみん」の愛称で知られる加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が22日午前3時15分、肺炎のため死去した。86歳だった。
1954年(昭29)8月に14歳7カ月と当時の史上最年少でプロになった。30歳で洗礼を受けて熱心なキリスト教徒となると、名人1期などタイトルを計8期獲得し、17年6月に現役を引退した。その後はタレント活動なども行い、マシンガントークで人気者となった。
記録と記憶に残る昭和の名棋士が、この世を去った。最期をみとった家族によると、加藤さんは一昨年の正月すぎあたりから体調を崩し、入退院を繰り返していた。なくなる直前も呼吸器系の状態が思わしくなかったという。
24年11月の詰め将棋掲載連続回数のギネス認定式、25年5月の棋王戦50周年記念祝賀会と公の場に姿を見せた際は車いすだった。
福岡県生まれの加藤さんは54年8月、14歳7カ月で初の中学生棋士としてデビューした。名人戦の順位戦最上位のA級に最年少の18歳で昇級、「神武以来(じんむこのかた)の天才」と呼ばれた。60年の第19期名人戦でタイトル戦に初めて登場した。この時は1勝4敗で敗れたが68年、第7期十段戦で初めてタイトルを獲得した。金銀で玉をガッチリと囲う矢倉と、「銀は営業部長」と公言するほど得意とした「棒銀」戦法をもっぱら採用した。
「指し手に自信が持てず、このままではトップに立てない」と行き詰まっていた70年、30歳のクリスマスにキリスト教の洗礼を受けた。「努力をするなかで限界を突破し、飛躍させるために」と信仰を持った。
「目標を明確に持ち、教えを信じて、生きていくと100倍の報いを与えてくれる」との思いが、82年の第40期名人戦で結実。初の名人を獲得した。「神のお恵み」と称した。「敵と戦う時は勇気を持って戦え。弱気を見せてはいけない。慌てないで落ち着いて戦え」との「旧約聖書」の言葉を実践し、頂点に立った。
そんなトップ棋士が思わぬところで人気者に。12年、フジテレビ系列のトーク&バラエティー番組「アウト×デラックス」で、ネクタイの長い将棋の棋士がいると取り上げられた。座布団につきそうなくらいの長さで結ぶ無頓着な外見と、将棋の世界で発揮してきた類いまれなる才能のギャップ、しゃべり出したら止まらないマシンガントークが受けた。「重戦車」「1分将棋の神様」が、「ひふみん」へとキャラ変した。
決して怒ることなく、いつもニコニコ笑って受け流す。旧約聖書の「暗いと不平を言うよりも進んで明かりをつけましょう」という教え通り、平凡なことをつつがなく、積極的に、明るく快活に繰り返してきた。
棋士生活63年で通算1324勝1180敗。史上最高齢77歳まで現役で活躍し、戦前生まれの名人経験者として最後の存命者。50年代から00年代まで、各年代で唯一、名人戦挑戦権を争うトップリーグのA級に在籍した棋士でもある。
◆加藤一二三(かとう・ひふみ)1940年(昭15)1月1日、福岡県嘉麻市生まれ。54年8月、当時の最年少となる14歳7カ月でプロデビュー。69年、第7期十段戦で初タイトル。82年、第40期名人戦で初の名人獲得。タイトル獲得は合計8期。77歳5カ月の17年6月に引退。通算1324勝1180敗。同年1月、77歳0カ月での史上最高齢勝利を記録した。引退後は仙台白百合女子大客員教授に任命されたほか、タレント活動も。日刊スポーツでは将棋コラム「ひふみんEYE」を担当した。