将棋の名人獲得経験者で「ひふみん」の愛称で知られる加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が22日午前3時15分、肺炎のため死去した。86歳だった。

1954年(昭29)8月に14歳7カ月と当時の史上最年少でプロになった。30歳で洗礼を受けて熱心なキリスト教徒となると、名人1期などタイトルを計8期獲得し、17年6月に現役を引退した。その後はタレント活動なども行い、マシンガントークで人気者となった。

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★ひふみん伝説

◆「パウロ先生」 洗礼を受けて熱心なキリスト教の信者以降、この名称に。

◆ひふみんEYE(アイ) 対局中、相手側に回って盤面を見る。これを初めてやった対局で最善手を発見して勝って以来、よくやっていた。ルール上、違反ではない。

◆気が散る? ある旅館で対局時に人工の滝の音がうるさかったため、止めさせた。別の対局場では水車も止めさせた。

◆「うひょー!」 1982年(昭57)の名人戦を制した時、自身の勝ち筋を見つけて思わず奇声を発した。テレビの解説でもしており、07年のNHK杯トーナメント2回戦、羽生善治王座・王将対中川大輔七段(いずれも当時)戦が有名。解説のひふみんは形勢が悪かった羽生の大逆転に「もしかして、とん死?」と甲高い声で動揺していた。

◆うな重 対局の際、昼食や夕食の「勝負メシ」の出前の定番。背広の左右のポケットにその代金を入れていた。

◆定食2つ 大食漢で、かつて夕食にカキフライ定食とグリルチキン定食を平らげた。ラスト対局の夕食休憩もカキフライ定食とてんぷら定食を注文したが、カキフライが品切れ、てんぷら定食とトマトサラダに変更した。

◆みかんの食べ合い 対局中のおやつを故米長邦雄元日本将棋連盟会長と張り合った。お皿にいっぱいと頼んだひふみんに対し、「加藤さんと同じものを。量は加藤さんのより多くしてね」(米長)。2時間近く2人とも食べていたという。

◆あんぱん5つ・板チョコ5枚 持ち時間8時間の長い対局ともなれば夜戦用に糖分補給。盤を眺めながらあんぱんをたて続けにモクモクしたり、板チョコをバリバリ。引退間際は糖尿と体重オーバーに注意し、カマンベールチーズにしていた。

◆園遊会 23年秋に招かれた。天皇陛下にマシンガントークを展開した姿を日刊スポーツで「天皇の将棋番」と称したら、ご満悦に。ひふみんの隣にはシンガー・ソングライターの松任谷由実が並んでいた。日本を代表するアーティストから「ひふみんとユーミンですね」と声をかけられ、こちらもご満悦だった。

 

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