今年も今春に引退する調教師が語る「明日への伝言」を連載する。美浦の根本康広調教師(69)は1987年(昭62)のダービージョッキー。厩舎を開業してからは弟子の育成に力を注ぎ、5人の騎手をターフに送り出した。【取材・構成=岡山俊明】
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騎手を引退して98年に厩舎を開業してからは、弟子の育成に力を入れた。
「自分は師匠に守られた。下手な私を使ってくれて、ここまでにしてくれた。だから弟子を育てないといけないと思っていました」
各厩舎が昔のように弟子を抱える余裕がなくなる中、6人を迎え入れて5人が騎手になった。最初は佐藤聖也(引退)。最後の長浜鴻緒が加わった時は、丸山元気、野中悠太郎、藤田菜七子の大所帯となった。
「生まれ育った環境も、考え方も、手足の長さもバランスも、追い方もそれぞれ違う。それに合わせて指導はしてきました」
根本厩舎の騎手別勝利数は(1)丸山33勝(2)野中20勝(3)藤田菜15勝、騎乗数は(1)野中741鞍(2)丸山704鞍(3)藤田菜569鞍。4騎手が在籍した24年は平地出走馬の8割以上を所属騎手に乗せた。給料は馬主の預託料に乗せずに自腹で払った。
「菜七子がデビューする時は、私も本人もプレッシャーでしたね。大変でしたが、受けた以上は覚悟もあった。なんとか成功しないと、また女性ジョッキーがゼロになってしまう。二十歳になるまでは遠征もつきっきり。騎手をやめた理由は言えないけれど、菜七子の気持ちは分かる。本心は馬を降りたくはなかった」
話すことが好きなので、引退後は講演や解説の仕事も考えているという。
「パート1国になって動物愛護の観点も大事。入着の可能性がなくなっても、タイムオーバーにならないように苦しい思いをさせながらも最後まで追うでしょ。出走停止や手当が減額になるから。果たしてタイムオーバーは必要なのかな。暑熱対策も道半ば。馬のために何ができるのか、考えていかないといけませんね」
◆根本康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日、東京都生まれ。77年に21歳で橋本輝雄厩舎から騎手デビュー。79年中山大障害春・秋(バローネターフ)、81年中山大障害・春(ナカミショウグン)、85年天皇賞・秋(ギャロプダイナ)、朝日杯3歳S&86年ダービー(メリーナイス)など2633戦235勝(うち重賞13勝)。97年騎手引退、98年に厩舎開業してJRA6387戦217勝(1月19日現在)。88年公開の映画「優駿ORACION」に奈良五郎騎手役で出演。