<超人たちの祭典>
リオデジャネイロ・パラリンピック車いす卓球代表で日本選手団最年長68歳の別所キミエ(兵庫県立障害者スポーツ交流館)は、4度目の出場で悲願のメダル獲得を狙う。難病を患い、40代で車いす生活を余儀なくされたが、卓球に出会い、救われた。壮絶な人生で見つけた「今を精いっぱい」という信念をリオの舞台で体現する。連載「超人たちの祭典」では、7日に開幕するリオ・パラリンピックで活躍が期待される日本選手を紹介する。
◇ ◇
整った金色の髪、車いすの持ち手には色とりどりのチョウの飾り。68歳の年齢を感じさせない別所はいたずらっぽく笑う。「嫌らしい卓球で勝つ。心まで嫌らしいわけじゃないですよ。20歳の子と普通にやったら勝てないから」。一例はバックスピンをかけ相手コートに着地後、ネット側に戻る得意のレシーブ。緩急織り交ぜる形を磨いてきた。
激動の人生の始まりは39歳だった87年10月2日。夫勇さんが急性くも膜下出血となり、44歳で急逝。2人の息子を育てながら絶望感と闘っていると、今度は腰痛に襲われた。「変な影が映っている」。2年後の89年。3カ所目の病院で「仙骨巨細胞腫」と診断された。
計60時間を要した2度の手術で仙骨を完全除去。腰を保つために金具を用い、両足の骨をその周辺に移植した。待っていたのは車いす生活。「こんな脚、いらん」と医師に訴えた。だが、1年、また1年と生きているうちに気づいた。「輸血で命を救ってもらっている。命を粗末にできない。精いっぱい生きよう」。自分の体でできることを探し、45歳で車いす卓球と出会った。
生まれ持つのは負けず嫌い精神。当初あった「いつ死ぬか分からない」恐怖心は、若者相手に熱中する卓球がかき消してくれた。だから今の生活も「グリコのおまけみたいなもん」と笑っていられる。パラリンピックは2大会連続5位。元気な68歳は「忘れ物(メダル)を取りに行きたい」と情熱を燃やしている。【松本航】
◆別所キミエ(べっしょ・きみえ)1947年(昭22)12月8日、広島・安芸太田町生まれ。加計高を卒業後、敷島製パンに就職し大阪へ。夫勇さんと結婚後、兵庫・明石市に移った。41歳で「仙骨巨細胞腫」を患い、2度の手術を経て車いす生活に。45歳で車いす卓球に出会い04年アテネで大会初出場。08年北京、12年ロンドンでは5位入賞。