98年日本と重なるヨルダン、シュート27本に耐えたカボベルデ、新興国の奮闘に感銘
1988年の入社から40年近く、スポーツを取材してきた首藤正徳氏が執筆する、日刊スポーツの看板コラム「スポーツ百景」。
今回は、サッカーのワールドカップ(W杯)北中米大会を舞台に「日刊スポーツ・プレミアム」バージョンとして随時、お届けします。
サッカー
将来、日本の強力なライバルに
1998年のワールドカップ(W杯)フランス大会は、日本サッカー史に最大の地殻変動を起こした。
全員Jリーガーで初出場した日本は初戦で欧州のリーグで主役を張るスター軍団の優勝候補アルゼンチンに挑んだ。前戦からの全員守備で奮闘したが結果は0-1。2戦目もクロアチアに敗れて早々に敗退が決まり、結局1次リーグを3戦全敗で終えた。
厳しい現実を突きつけられたが、振り返るとこの経験がその後の日本の成長の最高の肥やしになった。親善試合ではなく、W杯という真剣勝負の舞台で、世界との埋めがたい差を肌で感じることができたからだ。
現状に甘んじていては世界で勝つことなどできない。選手たちの向上心に火がついて、MF中田英寿ら日本の選手たちが次々と厳しい環境を求めて海外に飛び出していった……。
W杯北中米大会1次リーグ最終日(日本時間28日)、前回優勝のアルゼンチンとの第3戦に挑んだ初出場のヨルダンが、あの28年前の日本と重なった。
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首藤正徳Masanori Syuto
1965年、大分市生まれ。
88年入社。ボクシング、プロレス、夏冬五輪、テニス、F1、サッカー、K-1など幅広いスポーツを取材。アントニオ猪木、マイク・タイソン、有森裕子、高橋尚子、岡田武史、フィリップ・トルシエらを番記者として担当する。
五輪は92年アルベールビル冬季大会、96年アトランタ大会を現地取材。08年北京大会、12年ロンドン大会は統括デスク。21年東京大会は五輪・パラリンピック担当委員。サッカーは現場キャップとして98年W杯フランス大会、02年同日韓大会を取材。
23年1月に退社してフリーに。現在は日刊スポーツの契約ライターのほかNPO法人スポーツネットワークジャパン企画編集委員、東日本ボクシング協会の評議員などを務める
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