競輪で長年にわたり“関東の総大将”として第一線を突き進んできた平原康多(42)が電撃引退することが22日、分かった。23日に日本競輪選手会の埼玉支部に選手手帳を返納する。現役S級S班の引退は過去に例がない。度重なる大けがと闘いながら昨年のG1日本選手権(いわき平)で「ダービー王」となったが、それから1年後、同じ日本選手権(名古屋)で限界を実感した。関東の後輩たちの成長も見届けた上で、SS班のまま、約23年間の現役生活に終止符を打つという異例の決断を下した。
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一問一答は以下の通り。
-衝撃的な引退発表。どこで決断を
平原 ダービー初日、真杉に離れて追っていく時に、踏んでも踏んでも進まなかった。これはもう限界だなと。考えられるケアや治療は全て試したけど、もう期待される“平原康多”という商品をお見せするのは無理だと思いました。
-ご家族にはすぐに伝えられた?
平原 はい。妻は『それはあなたが決めることだから』と言ってくれました。翌日、父(康広=28期)に伝えに行ったら、心配してくれていて何も厳しいことは言われなかった。やっぱり親なんだなと思いました。父は今の僕の年齢ぐらいで首に大けがをして、引退の原因になった。それがずっと気にはなっていました。
-あとオールスターでグランドスラムという偉業がかかっていたが
平原 自分にそのこだわりはなかったが、期待するファンの声もあって、そこまでは頑張るつもりでいた。でも、自分の体は自分が一番分かっているので、このタイミングになりました。
-次のプランは?
平原 まだ何も。でも、大好きな競輪に携わっていきたいですし、競輪を広めるお手伝いができればと思っています。
-最後にファンの方にメッセージを
平原 今まで温かいご声援ありがとうございました。普通では味わえない経験をたくさんさせてもらえた。特に最後の2年は、ファンの方からの励ましがなければ、続けられていなかったと思います。また必ずどこかでお会いしましょう。