カズからヒデへ 岡田ジャパン秘密兵器が2発/復刻

<日刊スポーツ:1998年3月5日付>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の3月5日付紙面を振り返ります。1998年の1面(東京版)はサッカー日本代表のMF中田英寿でした。

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<ダイナスティ杯:日本5-1香港選抜>◇1998年3月4日◇横浜国際競技場

 サッカー日本代表の司令塔が、新たな才能を開花させた。MF中田英寿(21=平塚)が、鮮やかなプレースキックで2得点を挙げた。前半22分は22メートルの直接FKで、同36分にはPKで連続得点。FWカズ(三浦知良=31)から譲り受けたプレースキッカーの座を揺るぎないものにした。日本は波状攻撃を仕掛け、5-1で香港選抜に大勝。国際試合8戦無敗の6連勝を飾り、大会3連覇を決定的にした。

 守り抜いてきた鉄仮面を中田が脱いだ。試合終了と同時に、カズから握手を求められた。涼しい顔から白い歯がこぼれた。5万人の「ニッポン」コール。天才司令塔がついにほおを緩めた。中田が見せた唯一の“感情”だった。

 前半22分。増田が敵陣ほぼ中央22メートルの位置で倒された。呂比須、名波に「ヒデ(中田)、お前の仕事だ」と肩をたたかれた。FKの重責を担ってきたカズはベンチにいた。中田は無言でボールから4歩、5歩下がった。

 壁は5人。左側を合わせれば、6人の相手選手が目標をさえぎった。中田の右足から放たれたFKは静かに宙をくぐり抜けた。白い右ポスト内側を直撃して、ゴール左に吸い込まれた。

 「大黒柱・中田」誕生の瞬間だった。プレースキックは右エリアは名波、左は中田と分担してきた。だが「目立たない仕事がしたい」という中田の美学は、パス回しが重視されていた。中央エリア付近では名波にキックを譲る消極的な姿を、岡田監督は我慢ができなかった。2日の練習では約15分にも及んで「お前が蹴るんだ」と諭した。

 「FK? あまりスピードがなかったです。まだまだでしょう」。中田の自己採点は辛い。「相手GKが下手だったんだけど、コースに飛んだね」。親友のFW城も冗談交じりだが、中田の技を絶賛した。

 「W杯での得点は3割以上がセットプレー」と説いてきた岡田監督。試合後は「チームづくりが先決」と中田の個人技を褒めなかった。だが、この夜の積極性こそが、日本の武器と信じている。集中力さえ出せば、中田のキックの精度は世界レベルと思っている。

 前半36分にも、岡田監督を喜ばせた。増田が得たPKを、再び中田が蹴った。右足でゴール右隅へ決めた。2月15日の豪州戦もそうだった。カズが不在の試合では、中田が敵ゴールをにらんでいた。2月下旬の静岡合宿では、カズからPKのコツも直伝されていた。

 「印象? 漠然とした質問なので分かりません。得点は何点取っても足りることはありません。ここで満足したら進歩はない。中国戦? さっきも言った通り、課題はキリがないんです」。

 報道陣でごった返した控室前。中田はようやく口を開いた。前半終了間際には2度目のPKを失敗。ハットトリックは逃した。まだ胸は張れない。外国人記者に「チャオ」と言い残しただけで、向上心の強さを示した。

 必殺スルーパスは、もう世界が認める。求められたプレースキック、そして先導役の力も見せた。「カズ」から「ヒデ」へ。フランスという大舞台は、弱冠21歳の中田が導いていくことになった。

※記録と表記は当時のもの