名古屋でJ1制覇→ビール営業マン 千代反田充さん

浅草のアサヒビール本社をバックに笑顔の千代反田さん(撮影・八反誠)

<サッカーザツガク:セカンドキャリア編(上)>

 25年目のJリーグが開幕した。四半世紀の歴史を重ね、元選手たちも活躍の幅を広げている。卒業、入学、就職活動解禁など、春の訪れに合わせて、サッカーに多方面から切り込む企画「サッカー ザツガク」では、2人の元Jリーガーのセカンドキャリアに迫る。第1回はアサヒビール株式会社の営業マンになった千代反田充さん(36)。

 営業マンに転身して約1年。千代反田さんはスーツ姿も板についてきた。東京支店で主に北区を担当。「毎晩、お世話になっているお店を回って飲んでいるので少し太ったかもしれません。現役時代は月に1回、翌日が休みの日に外食でビール1杯飲むくらいだったので。でも、その時からアサヒビールを『おいしいな』と思っていました(笑い)」。生真面目さは現役時代と変わらないが“営業トーク”も磨かれつつある。

 筑波大からプロになり、現役12年間でJリーグの公式戦通算321試合に出場した。名古屋ではJ1制覇に貢献したが「一般企業、会社員で何かを始めてみたくなった」とサッカー界を離れた。“就活”は戸惑いの連続だった。まず転職サイトに登録。職務経歴書には所属クラブ、J1優勝と2度の昇格、福岡でゲーム主将を務めたことも書いた。マスコミ、金融など複数の採用試験を受け、最終的に選手会やJリーグのサポートもあり、35歳でアサヒビールの正社員になった。内定の連絡に「ウソですよね?」と答えたほど。昨春、異例の転身を遂げた。

 元Jリーガーの肩書は「たまに知っててくださる方がいて、ありがたい」という程度。世間は厳しい。そして結果が求められるのは、サッカー選手も営業職も同じ。飛び込み営業のようなこともする。高さと対人の強さで鳴らしたDF。ピッチで相手の間合いに”飛び込む”ことは最後の一手で「あまり相手に食い付くなといわれていたのに、今はダメもとで食い付いています」と笑った。

 かつてJ1も制覇した営業マンは「本当に、人に恵まれていると思います。ここでしっかり長く働いて、求められる結果を出していきたい」と決意を口にする。毎年、100人近くが引退や戦力外で「元Jリーガー」となる。そんな中、新たなセカンドキャリアを身をもって示すため、千代反田さんはビジネスの最前線に立つ。【八反誠】

 ◆千代反田充(ちよたんだ・みつる)1980年(昭55)6月1日、福岡県生まれ。東福岡高2年時には史上初の高校3冠を達成。筑波大から03年にJ2福岡入りし05年のJ1昇格に貢献。新潟、名古屋で10年J1優勝、磐田、J2徳島でも13年に昇格を経験し14年に引退。家族は妻と長男。現役時代は183センチ、80キロ。

 【解説】日本プロサッカー選手会は就職支援などセカンドキャリアのサポートを続けている。13年から無料職業紹介所に登録し、相談に乗っている。担当する選手会マネジャーの小林慎一朗さんは、千代反田さんもサポート。「あれだけの実績なので、普通は指導者になる。10年以上やった選手がアサヒビールさんのような一流企業に入るのは特別な例。ただ、ああいう一流選手はビジネスの世界でも輝ける。その一例となってくれれば」と期待を寄せている。

 14年にJ3が創設され、拡大路線のJリーグは3つのカテゴリーで現在54ものクラブがあり、選手が第2の人生で悩む例は増えている。実際には下部カテゴリーの選手の方が、より切実に引退後について考えており「安定したところに行きたい」と、最近は警察や消防など公務員を希望する例も多いという。