体が悲鳴…伊達公子が引退会見で笑顔を見せた理由

伊達は思い出の場所の有明コロシアム・センターコートで引退会見(撮影・横山健太)

 女子テニスで、元世界4位の伊達公子(46=エステティックTBC)が7日、東京・有明コロシアムのコート上で引退会見を開いた。46歳になっても不屈の闘志で戦ってきたが、昨年2月と4月に手術した左ひざに加え、右肩も痛め、現役への意欲とは裏腹に体が悲鳴を上げ、引退の意思を固めた。最後の大会となるジャパン女子オープン(東京有明テニスの森公園)で12日にシングルス1回戦を迎える。

 ラケットなど見たくもなかった96年9月24日の1度目の引退会見から約21年の長い年月がたった。2度目の引退会見は、1度目のピリピリ感とは正反対に終始、笑顔だった。テニスが好きだと再認識できた2度目のテニス人生。その幕がもうすぐ下りる。

 白いスーツで登壇した伊達は「皆さんこんにちは。伊達公子、2度目の引退会見です」と切り出した。「(プレーする)気持ちが衰えることはなかった。ただ、自分の中で整理してみると、決断しなくてはいけない頃かなと思った」。

 4大大会の予選でもう1度、戦いたいと思っていた。しかし、2度の左ひざ手術に右肩まで痛めた。7月下旬、米国遠征から戻った時に「もう二重苦、三重苦、いや四重苦かもしれない」と体中が悲鳴を上げていた。8月上旬に決断の時はやってきた。

 ただ、本心は「やめなくてすむなら、やめたくないのが正直なところ」と複雑な胸中を明かした。現役にこだわったが、どんなに気持ちを高めても、体はついてこなかった。12日に予定されている1回戦も「最大限の努力をして挑みたいが、ふたを開けてみないと分からない」というほど満身創痍(そうい)だ。

 プロに転向し、最初の引退までが約7年。37歳で復帰し、約9年半戦った第2のテニス人生の方が長い。「再チャレンジは本当に楽しかった。今だから言えるのは、テニスが好きだったことに尽きる」。テニスを嫌いになったままやめたくなかった。それが伊達の復帰の理由だった。

 「こんなに幸せなアスリートも、そうはいない」。2度のテニス人生を歩み、世界で戦い続けた不屈の闘志で、ジャパン女子オープンで最後のプレーを披露する。【吉松忠弘】

 ◆伊達公子(だて・きみこ)1970年(昭45)9月28日、京都市生まれ。6歳でテニスを始め、89年4月に高校卒業とともにプロ転向。94年全豪、95年全仏、96年ウィンブルドンの4強は、4大大会の日本女子歴代最高成績となっている。95年11月に記録した世界4位は、錦織圭と並んで現行のランキング制度ができて以来、日本人最高位。42歳で記録した13年全豪での本戦勝利と、同年ウィンブルドン3回戦進出は、オープン化以降女子最年長。164センチ、53キロ。