星野監督とそろいの「桃太郎ジーンズ」をリペアに/エッセー〈1〉【高円寺で】

文字数やスペース制限がないデジタルの世界は「エッセー」に好適の環境といえるでしょう。野球記者のつれづれなるまま、第1回は高円寺にて。(2019年8月28日掲載。年齢、所属などは当時)

プロ野球

あけすけな陽の空気に、高円寺駅の南口すぐでペダルをこぐ足が止まった。自転車の後ろに座る3歳の娘に聞かれた。

「何のにおい?」

「焼き鳥だよ。昼からビールを飲んで、みんな楽しそうだね」

「いいにおいだねぇ。パパあたし、やってみたいことがあるの」

「なあに」

「ビールを飲んでみたい。あと、サイダーも。パパもママも、おいしそうに飲んでるでしょ」

「いいね。大きくなったら一緒に飲もうね」

駅前の居酒屋を左に折れると、すぐ閑静な住宅街に入る。この辺りは日々の中にハレとケがある。アパートは少し手狭になったけど引っ越せないでいる。

「パパ、どこ行くの?」。高円寺で桃太郎といえば、北口はすしで南口ならジーンズ。岡山・倉敷に本社のある「桃太郎ジーンズ」の直営店で「修理お願いします」と右の尻ポケットと左ももが破れたジーンズを渡した。「前のポケットも破れてますね。交換しておきましょう。この型は、もう生産してないです。はき込んでくれましたね」。

右の尻ポケットをリペアした「桃太郎ジーンズ」

右の尻ポケットをリペアした「桃太郎ジーンズ」

8年目になる。天然の藍染めはすっかり色落ちして、白い部分の方が目立つ。

「限界ですか」

「いえ。修理すればまだまだいけます。もう少しで殿堂入りです」

殿堂入りは褒め言葉らしい。2度目の修理は1万3000円。最初が6000円だったから新品が1本、買える。家人が言った。「私なら新品を買うけど…よく分からない世界があるのね」。

11年の晩秋。楽天キャンプの最終日に倉敷で買った。午前中で練習が終わる半ドン。手締めを終えると仕立ての職人が来て、星野監督にメジャーを当てだした。股下はじめ、足周りを測っている。「スーツでも作るんですか?」。

「ジーンズだ。楽天が初めてキャンプをやった思い出に、田淵と作るんだ。倉敷は昔から繊維の街でな。クラボウとかクラレとか、にぎやかだったんだ。名残かな、今はいいジーンズを作る。これは桃太郎ジーンズという。お前も作れよ」

1999年入社。整理部―2004年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)―巨人―楽天―巨人。
遊軍、デスクを経て、現在はデジタル戦略室勤務。
好きな取材対象は投手、職人、年の離れた人生の先輩。好きな題材は野球を通した人間関係、カテゴリーはコラム。
趣味は朝サウナ、子どもと遊ぶこと、PUNPEEを聴くこと。