「ずっと巨人のエースを張ってきた男だ。分かるやろ」/エッセー〈2〉【粋の構造】
上原浩治との思い出をさかなに、名伯楽と酒を酌み交わす。極上の時間をつづりました。(2019年8月28日掲載。所属、年齢などは当時。敬称略)
プロ野球
表面張力が働いた升で唇を湿らせながら、巨人の巡回コーチを務める小谷正勝と上原浩治について話していた。
長梅雨の夜、辛口の冷酒がよく合った。
「引退しましたね」
「引退したなぁ」
「何か、話は」
「少しだけ。『ちょっといいですか』って言われたけど、オレはいいよって。『引退する』とは話してくれたけど。雰囲気で分かるわな。話して、何かが変わるものでもない」
「いろいろ話したかったのかも」
「巨人のエースやで。自分で引退を決める選手。それだけだろう」
指導者として40年、あらゆる引き際を見てきた。体を揺らして姿勢を変え、少しだけ声を張らせた。
「よく頑張った。巨人のエースだから。メジャーで世界一になって、戻ってきてからは思うようにいかなくて、大変だったと思う。悔しかったんだろう、会見で泣いてたな。でも最後まで変わらないで、黙々と練習してたな」
11年前の夏、小谷は2軍落ちした上原を2カ月ほど預かり、技術指導を行った。ジャイアンツ球場のブルペンでマンツーマンの日々も、何かを教えている様子はなかった。「見てるだけですか」と聞いた。
「チームが勝てない時期も、ずっと巨人のエースを張ってきた男だ。分かるやろ」
「…何でしょう」
1999年入社。整理部―2004年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)―巨人―楽天―巨人。
遊軍、デスクを経て、現在はデジタル戦略室勤務。
好きな取材対象は投手、職人、年の離れた人生の先輩。好きな題材は野球を通した人間関係、カテゴリーはコラム。
趣味は朝サウナ、子どもと遊ぶこと、PUNPEEを聴くこと。