巨人9連敗の日に染みた…バックヤードの縁/エッセー〈3〉【札幌ドームのお母さん】

みんなのオアシスだった札幌ドームの「お母さん」。定年を迎えた日、日本ハムが粋なプレゼントを用意していました。(2019年11月13日掲載。所属、年齢などは当時)

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ストッパーを挟んで鉄扉が少しだけ開いていた。のぞくと「お母さん」の表現しか当てはまらない女性が、ちょこんと座って手招きしていた。行儀よく並ぶトンボと赤いラインカー。キーパーさんの控室か…「コーヒー飲む?」とカップを渡された。

13年前、夏の昼下がり。札幌ドーム一塁側ベンチの裏。

「巨人担当の記者さんは大変ねぇ」

「大変じゃないですよ、やってるのは選手だし」

「そんなことない。数も多くて緊張感がある。それに、負けてるからだろうけど元気がないね。声が聞こえてこない。試合中も、元気がいいのはコーチだけ」

ホットをすすって何げなくコンクリートのカベを見ると、サインが書いてあった。「矢野君よ。彼はホント、いい子。必ずあいさつしてくれて。ここで休んでいくときもあるのよ」。

「矢野君はいつも元気がいいですね」

「そうね。ふらっと入ってきてトウモロコシを一緒に食べたり。『さすが北海道、おいしい。またごちそうして下さい』って。うれしいよね」

「甲子園の焼き鳥スタンドにも矢野君のサインがありましたね」

「いつも自然体でね。頑張ってほしいなぁ」

ナイターで連敗が9に伸びた。試合後、あの原監督が会見をキャンセル。選手もこわばったままバスへ急ぐばかりで、誰も言葉を発しなかった。チーム全員が無言というジャイアンツの現場…こうして書いても空恐ろしい1日を救われたというか、昼間のやりとりがやけに印象に残った。

ハム担当から、工藤悦子さんという名物キーパーだと聞いた。球場で会うたび話すようになった。

「あなたは長いわねぇ。今年も来たわね」

1999年入社。整理部―2004年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)―巨人―楽天―巨人。
遊軍、デスクを経て、現在はデジタル戦略室勤務。
好きな取材対象は投手、職人、年の離れた人生の先輩。好きな題材は野球を通した人間関係、カテゴリーはコラム。
趣味は朝サウナ、子どもと遊ぶこと、PUNPEEを聴くこと。