名前と同じ門別育ち 優駿の町から来た笑顔のサウスポー 門別啓人のルーツに迫る
道産子左腕はどのように育ったのか-。3年目でプロ初勝利を挙げた阪神門別啓人投手(20)。原点の地・北海道日高町(旧門別町)は海と山の幸に恵まれ、競走馬の産地としても知られる。中学卒業まで過ごした日々を追いました。
【柏原誠、波部俊之介】
プロ野球
◆門別啓人(もんべつ・けいと)2004年(平16)7月10日生まれ、北海道門別町(現日高町)出身。富川小1年時に富川野球スポーツ少年団で野球を始め、6年時に投手で日本ハムファイターズジュニア選出。富川中では軟式野球部に所属。東海大札幌ではエースとして3年夏の南北海道大会4強に貢献。22年ドラフト2位で阪神入団。今季推定年俸は870万円。183センチ、88キロ。左投げ左打ち。
北海道弁を貫く道産子
門別啓人は北海道で生まれ育った。当然ながら、地元愛は強い。
プロ入りの際は「北海道の選手とわかるように、北海道弁で貫きます」と初々しい笑顔を報道陣に向けた。
名字と同じ「門別町」の出身。正確には旧門別町。06年に合併して日高町になった。道南に位置し、南に太平洋を望む同町は現在、別の「スター候補」の誕生でにぎわっている。
日高といえば「馬」。門別競馬場も実家から自転車で行ける距離にある。競走馬の産地として全国的に知られ、今は初夏にかけた出産ラッシュのまっただ中だ。
サラブレッド横目にロードワーク
町の中心部から少し外れれば名馬キタサンブラックが生まれたヤナガワ牧場や観光牧場が広がる。
この時期は、生まれたての子と母が連れ立って草をはむ光景が、日高町民の日常に溶け込む。啓人も富川中時代、放牧された馬たちを横目に、仲間たちと日々、ロードワークに励んでいた。
日高町は冬の積雪量はさほど多くないが、気温は平均して氷点下10度まで下がる。冬季は「氷の町」になる。
実家の前の道が凍れば、氷割り作業を手伝った。子どもたちは幼少期からスケートに親しむ。
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兵庫・丹波篠山市出身。静岡大から22年入社。一般スポーツ取材などを経て、23年から阪神担当。初年度から18年ぶりのリーグ制覇に立ち会った。
大学では物理学を専攻しながら硬式野球部に所属。趣味はサウナ。学生時代は聖地とも呼ばれる「サウナしきじ」に通いつめた。