【早大・小宮山悟監督の8年〈上〉】貫いた「一球入魂」へらへら野球したいなら去れ!

早大野球部の小宮山悟監督(61)が、11月30日の任期満了をもって退任します。19年の就任以来、3連覇を含む4度のリーグ優勝を達成し、早大の新たな黄金期を築きました。輝かしい8年の功績を支えたのは、かつての恩師たちから学んだ幾多の教えと、2浪してまで進んだ早大への並々ならぬ母校愛でした。3回連載でお届けします。

その他野球

★小宮山監督が語った主な内容

  • 8年間で最も印象に残る一戦とは
  • 唯一無二の教え「一球入魂」
  • 就任時の危機感と今の学生に足りないもの

◆小宮山悟(こみやま・さとる) 1965年9月15日、千葉県柏市生まれ。芝浦工大柏から2浪して早大進学。大学通算20勝10敗。89年ドラフト1位でロッテ入り。97年最優秀防御率を獲得するなど10年間エース。99年横浜(現DeNA)移籍。02年FAで大リーグ・メッツ移籍。1年間の浪人を経て、04年ロッテ復帰。09年引退。日米通算117勝144敗。19年1月から早大監督。右投げ右打ち。

25年6月4日、東京6大学野球春季リーグ戦 明大との優勝決定戦で、9回表明大2死一塁、マウンドで伊藤樹(右)に声をかける早大・小宮山悟監督

25年6月4日、東京6大学野球春季リーグ戦 明大との優勝決定戦で、9回表明大2死一塁、マウンドで伊藤樹(右)に声をかける早大・小宮山悟監督

負ければV消滅の一戦 9回裏に自ら円陣へ

25年春、明大2回戦。小宮山監督が8年間で最も印象に残っている試合だ。負ければ優勝の可能性が消える一戦。エース伊藤樹(楽天)に全てを託した。

0-0で迎えた9回裏の攻撃前には、そのシーズンで初めて自ら円陣に加わった。

「サヨナラ勝ちならノーヒットノーランも付いてくる。しっかり、やれっ」

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1990年入社。アマチュア野球担当としてシダックス監督時代の野村克也氏、2006年夏の甲子園を制した早実・斎藤佑樹氏など取材。
プロ野球ではロッテ・バレンタイン監督解任騒動。DeNAの球界参入から中畑清初代監督フィーバーなど担当。
ストレス発散は1人カラオケ(ミスチル縛り)とゴルフ。