作曲家・浜圭介さん80歳の挑戦「誰も作ったことのない名曲を」/インタビュー後編

「雨の慕情」「大阪暮色」「終着駅」などで知られる作曲家浜圭介さん(80)が60周年を迎えている。10月13日には堺正章(80)五木ひろし(78)由紀さおり(77)細川たかし(76)ら18人の歌手が参加する記念コンサートを東京国際フォーラムで開催する。昭和から平成、令和へと歌い継がれる名曲を生み出したヒットメーカーはどんな人生を歩んできたのか、前後編でひもといていく。後編は前編からの作曲家人生に加え、妻の奥村チヨさんとのなれ初めや夫婦生活も語った。

音楽




◆浜圭介(はま・けいすけ)本名金野孝(こんの・たかし)。1946年(昭21)4月8日生まれ、旧満州(現中国東北部)出身。64年に歌手デビューし、その後作曲家に転向。72年に奥村チヨさんの「終着駅」がヒットして頭角を現す。「舟唄」「雨の慕情」(八代亜紀さん)、「そして、神戸」(内山田洋とクール・ファイブ)、「哀しみ本線日本海」(森昌子)、「望郷じょんから」(細川たかし)、「すずめの涙」(桂銀淑)などヒット曲多数。74年に奥村さんと結婚。05年に紫綬褒章。


作曲家デビュー60周年を迎えた浜圭介さん(撮影・宮地輝)

作曲家デビュー60周年を迎えた浜圭介さん(撮影・宮地輝)


詞を見て鳥肌 浜&千家コンビ誕生


ニューヨークにいた時、浜さんは「せっかく来たんだから、記念に何か1曲書いたらどうか」と同行した出版社社長に提案をされた。


浜さん高層ビルにいて外は雨が降っていた。窓から摩天楼を見ながら作ったのが「終着駅」です。バーンとメロディーが降りてきた。これに詞をつけなければだめだと。当時、お互いに無名だった作詞家に千家和也がいます。飲み友だちで、仕事がなくて役者みたいなことをこちょこちょとやっていた。帰国後、彼に「ニューヨークでちょっといいのを書いたんだ。詞を書いてよ」って頼みました。メロディーを聞かせたら「浜ちゃん、すごくいいね」って。2、3日ぐらいで書いてくれた。「♪落葉の舞い散る 停車場は」という詞を見た時に鳥肌が立ちました。こんな歌謡曲は日本にはない、絶対売れるぞと。でもね、メーカーさんは「こんな難しい歌ははやりません」と言うんです。


この時、「この曲を歌えないなら歌手をやめる」と手を挙げたのが奥村チヨさん(79、18年に芸能界を引退)だった。当時、恋シリーズを歌って紅白歌合戦に出場する超売れっ子だったが、「終着駅」にほれ込んだ。


浜さん発売(71年12月)してから2週間ぐらいでベストテンに入っちゃうんですよ。うれしくて、千家とベロンベロンになるまで新宿で祝い酒を飲みました。千家が「浜ちゃん、これから俺たちは怖いもんがないな」なんて言ったことを思い出します。


浜&千家コンビは、72年に内山田洋とクール・ファイブの「そして、神戸」、三好英史の「雨」と連続してヒットを飛ばす。浜さんは「そして、神戸」と堺正章「街の灯り」のヒットで73年の日本レコード大賞作曲賞を受賞。74年には「優しさに一目ぼれした」という奥村さんと結婚をした。


奥村チヨさんとの婚約会見=1974年7月

奥村チヨさんとの婚約会見=1974年7月


なかにし礼さんから届いた最高傑作「お前しかいない。頼むぞ」


まさに、公私にわたって順調そのものの日々。そんなある日、尊敬する作詞家なかにし礼さんから「石狩挽歌」の歌詞が届いた。

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