【井上尚弥を語り尽くす〈下〉】日本歴代最強か 取材歴60年の記者はこう見る

プロボクシング井上尚弥はなぜこれほど強いのか。歴代世界王者と比較してどの位置にいるのか。60年以上のボクシング観戦・取材歴を誇る共同通信の津江章二氏、日刊スポーツの元ボクシング担当の首藤正徳、現担当の藤中栄二が語り尽くした。6月7日、ノニト・ドネアとの統一戦前に行われた座談会の再録。後編。

ボクシング

<ドネアとの統一戦直前企画:下>

WBSS世界バンタム級決勝 11回、井上尚弥(後方)は左ボディーフックでダウンを奪ったが、ドネアが立ち上がって驚きの表情=19年11月7日

WBSS世界バンタム級決勝 11回、井上尚弥(後方)は左ボディーフックでダウンを奪ったが、ドネアが立ち上がって驚きの表情=19年11月7日

50戦無敗の王者を 

首藤 井上尚弥は完璧なボクシングと、その実績から「日本ボクシング史上最高傑作」とも言われます。プロ6戦目でWBC世界ライトフライ級王座を獲得すると、フライ級を飛び越えて、8戦目でWBOスーパーフライ級王座を獲得。3階級制覇した現在はWBA、IBFバンタム級王座を防衛しています。実力、実績でも日本歴代最強と言えそうです。

津江 確かに彼は日本の歴代王者、現役の世界王者、どちらと比べても3本の指に入るボクサーです。ただ、今の段階で日本人歴代世界王者のパウンド・フォー・パウンド(PFP=体重差が同じと仮定した最強選手)ランキングをつくるとしたら、私は1位ファイティング原田(元世界フライ、バンタム級2階級制覇王者)2位井上尚弥、3位海老原博幸(元世界フライ級王者)の順番になります。

首藤 時代を超えて選手を戦わせることはできないので、どうしても実績やその時代の突出度を比較することになると思うのですが、津江さんが井上ではなく、ファイティング原田を1位にした理由は?

津江 1965年(昭40)5月に、原田は世界バンタム級王座を奪取して2階級制覇した。その相手が無敵王者エデル・ジョフレ(ブラジル)。彼に勝った実績が大きい。当時、ジョフレは50戦無敗の王者で、しかも全盛期で8連続KO防衛していた。

首藤 ジョフレは「黄金のバンタム」の異名で、PFPでもトップにランクされていました。しかも、当時は1階級に世界王者は1人だけ。原田戦前までジョフレは17連続KO中だったので、大方の予想は原田のKO負けだった。

津江 私も絶対に負けると思っていたから、試合終了のゴングが鳴ったときに涙が出た。KOされなかったと。その時に、「あれっ」と思った。接戦だし、日本で行われた試合だから、もしかすると原田の勝ちもあるんじゃないかと。そう思うと心臓がどきどきして、主審が「ハラダ」と言ったとき、本当に興奮した。あれだけ偉大な王者と真っ向勝負して勝った。あれが今でも日本ボクシング界最大の勝利と言われている。井上にはまだそこまでの大勝利はない。