【ブルーペナント〈20〉上編】佐藤龍之介 驚愕4歳、龍ちゃんは1日で23点取った
「ブルーペナント」。
その存在を知っている人はどれほどいるでしょうか。日本代表選手が初めて国際Aマッチに出場した際に「育成年代に特にお世話になった指導者を申告」し、記念となるペナントを作成して贈る日本サッカー協会(JFA)の指導者表彰制度。今回は佐藤龍之介(19=FC東京)のルーツを紹介します。幼稚園から小学時代を過ごしたJACPA(ジャクパ)東京FCの指導者3人に話を聞くと、数々の伝説が明らかになりました。3回連載の上編は4歳で佐藤を「発見」した成田健さん。幼い頃から際立っていた逸材の突出した能力とは―。
サッカー
◆佐藤龍之介(さとう・りゅうのすけ)2006年(平18)10月16日生まれ、東京都西東京市出身。みどりが丘保谷幼稚園時代にJACPA東京FCのスクールでサッカーに出会う。JACPA東京FCからFC東京U-15むさし、同U-18。高校2年の23年3月にルヴァン杯でプロデビュー。同年8月に16歳10カ月ででプロ契約を結ぶ。25年に岡山へ期限付き移籍し28試合で6ゴールを記録し、ベストヤングプレーヤー賞に選出された。U-17W杯、U-20W杯出場。25年6月にW杯北中米大会アジア最終予選インドネシア戦でA代表デビュー。171センチ、65キロ。
ゴール強いこだわり 得点分のシールを自宅壁に
成田さんが原石を知ったのは15年前。佐藤がまだ幼稚園の年中のころだった。JACPAという組織が提携幼稚園の体育を専門とすることもあり、サッカー以外のことも見ていた。
「負けず嫌いなのはもう当然なんですけど、サッカーにかかわらず、鉄棒にしても逆上がりにしても、フラフープとか縄跳びとかも全部、観察してどうやったらうまくなるんだろうと考えているんだろうなと感じましたね。負けず嫌いだから、鬼ごっこをしてても、どうやったら勝てるんだろうといつも考えてたような気はしますね。ちっちゃい頃から」
印象的なことは数え切れないほどある。古い記憶が、今も鮮明に刻まれている。
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佐藤成Sei Sato
2019年入社。高校野球の埼玉県担当後、文化社会部に配属。社会班として、常磐自動車道あおり運転事件や埼玉県知事選などを取材。
11月から芸能班に配置転換で、放送担当に。日本テレビ、TBSを受け持った。事務所はワタナベエンターテインメントやホリプロ、吉本興業など。
23年5月にスポーツ部へ異動。サッカー班として川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、A代表、U-23日本代表、なでしこジャパンの担当となる。24年1月アジアカップカタール大会、パリオリンピックなど取材。血液型B。