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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」

2006年08月08日更新

岩を越え、怖さ越え、時を越え、少年シンヤになった!!

自然との共存、障害物をクリアするバイク競技“トライアル”に挑戦

 オートバイ競技の1つに、障害物を足着きなしでクリアするトライアルがある。静かに野山に分け入り、できるだけ自然を傷つけずに楽しむアウトドアスポーツとしても注目されている。これに挑戦した。ベテランライダーでトライアルの月刊誌「自然山通信」を発行している西巻裕さん(48)に、神奈川県相模川の河原で手ほどきを受けた。小川に突っ込み、石を乗り越えた。うまくいくとしなやかな野獣の気分、懐かしい夏が戻ってきた。



しなやかな野獣

豪快な水しぶきは、実は未熟さの証拠だった。速度を殺してすいっと入るのが「大自然との共存競技」トライアルの本筋だ(亀田正人撮影)
豪快な水しぶきは、実は未熟さの証拠だった。速度を殺してすいっと入るのが「大自然との共存競技」トライアルの本筋だ(亀田正人撮影)

 JR相模線を相武台下という駅で降りた。太陽が照り付ける。喫茶店もコンビニもない素朴な駅前だ。戦後の昭和に帰った気がした。西へ30分、田を突っ切って歩いた。座架依橋を渡る時、下を見ると河原でもう2、3台、トライアル車が楽しげに動いていた。爆音は聞こえない。モトクロス用などと異なって、一般道を走ることもあるから消音装置が万全なのだ。

 手を振ったら、約束していた西巻さんが、プロライダーの杉谷真さん(45)と待っているのが見えた。70年代、トライアル車がオフロードバイクの主流を占めた時期もあった。おやじもホンダTL125に乗った。林道を分け入り、腕のいい連中はさらにその奥の登山道で、ひそかにネイチャーライディングを楽しんだ。皆がちょいワルだったあのころが懐かしい。

 マシンは飛躍的に進化して、腕は劇的に劣化した。トライアルはアクロバチックな空中競技になった。時代はおやじどもを切り捨たのだ。そんな愚痴をこぼして飲んでいた時に、西巻さんの教室を知った。

 ガスガス125というスペイン製の最新マシン(125CC60万円)で、中央部がえぐれている。しなやかな野獣のようだ。これを貸してくれた。勝手にエンジンをかけたらしかられた。「まず中央に座って、ハンドルをいっぱいに切ってバランス練習です」。よろよろした。倒れます先生。「手を使いなさい」。

 手を使う? 「いきなり体を使うから焦る。マシンと自分を合わせた重心点にちゃんと座れば、ハンドルを小刻みに動かすだけで大丈夫。まずそのスイートスポットを感じ取って」。スポットを探して手を使うのか。それならよく分かる。

 これを30分。そこからそろそろと立ち上がるので30分。「立ったら今度は手を使わずに、体でバランスを。スイートスポットに立てば手放しができるはず」。小技はつまらぬ、豪快に走りたいという欲望と、なるほどこれがツボなのかという本能の納得が、汗の滴りの中で交錯する。



小川に突っ込む

前輪を浮かせる特訓器具で西巻さん(右)にしごかれた。杉谷さん(左)は今もスコティッシュ6日間などに出場しているプロライダーだ
前輪を浮かせる特訓器具で西巻さん(右)にしごかれた。杉谷さん(左)は今もスコティッシュ6日間などに出場しているプロライダーだ

 西巻さんは「ライディングスポーツ」誌の編集者だったがトライアルに魅せられて、97年に杉谷さんと専門誌を発刊した。自身も一般ライダーだったから初心者の心理を熟知している。

 本流に注ぐせせらぎが、くぼ地の底を流れている。谷の途中でマシンを止めて、上りの坂道発進をする。後輪が砂利で空転する。速度を殺して下るのも難しい。スイートスポットに乗って走るのをつい忘れ、コントロール不能になって小川に突っ込む。派手な水しぶき。豪快だが失格だ。西巻さんが乗ると、獲物に忍び寄るヒョウのように静かで、水面に波すら立たない。

 慣れてくるとそれが少しはできるようになる。その場で5秒静止する。最小半径で8の字を書く。

 昔は覚えるのに何カ月もかかった細かな基本技が、ガスガス125だと習得が加速する。忘れていた技が体の中から引きずり出されて愉快になってくる。草いきれがする。夏のにおいだ。



試行錯誤70年代

 神奈川県山北の早戸川で日本初のトライアル競技が行われた70年代、ミック・アンドリュースらの名手も招き、メーカーと選手が一体となって試行錯誤した。構図が固定化し始めたスポーツ界で、トライアルは未知の領域を無限に追い掛けた。本田宗一郎や高橋国光らの、熱い戦後がよみがえったかのようだった。

 世界にも追い付き追い越した。一昨年、ついに藤波貴久が世界王者になった。今年も現在2位につけている。日本選手権シリーズも人気があり、今日6日は北海道で和寒大会がある。

 西巻さん 「ただ、頂点の競技が進化する一方で底辺が広がらない。実際には初心者や年配者にも参加できるイベントが年300近く行われているのに、その入り口が世の中からは分かりにくくなりました」

 独自のメディアや入門教室は、そんな背景から生まれ育った。河川敷にあの夏を呼び戻し、引き換えに草刈りやごみ清掃をする。川との共存、時代との共存。



おやじ伝統テク

岩越えのステアケース。前輪を少し浮かせて岩に当て、自分もジャンプする感じで乗り越えた
岩越えのステアケース。前輪を少し浮かせて岩に当て、自分もジャンプする感じで乗り越えた

 岩を越える技、ステアケース。手前で少しアクセルを開けて前輪を浮かし、岩に当てる。自分もジャンプして後輪の荷重を抜き、最小限の加速で乗り越える。最後にこれをやらせてもらった。高さ約70センチでどうということはないのだが、正面に回ると絶壁に見える。急に怖くなる。激突転倒か。ためらうとますます怖くなる。緊張の夏だ。

 脈絡もなく突然歌を思い出した。<歌詞>あなたのために 73年、殿さまキングス「なみだの操」。あれもあのころはやった歌だった。鼻歌を歌うと心がほぐれる。おやじならではの伝統のテク。「今さら他人に」でジャンプした。

 気が付いたら乗り越えていた。アクセルを余計に開けたため「越えたらその場で静止する」ことはできなかったが、先生は拍手してくれた。少年シンヤ、気分は18歳。仕事や家庭にささげて失ったおいらの日々を、取り戻したのだ。

 夕日、トンボが飛んでいた。日本の夏だ。



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 【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥
プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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