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後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」

2007年1月9日更新

竹馬を友に、富士をまたいで初日の出

子供の頃できなかった正月遊び、名人のアドバイス受け、これぞ冒険

 思い切って乗り込むのだが手の中で竹がくるりと回転し、足が外れる。馬から落ちて落馬の連続だ。還暦の冬休み、子どもの時分にやれなかった竹馬遊びに挑戦した。他人の尻馬に乗るのは得意だが、自力で歩く竹馬は勝手が違った。富士山にも登った達人長池史浩さん(25)に連絡を取り、ツボを習った。元日は馬上から湘南の初日の出を見ることが出来たが、悪戦苦闘、あざだらけの末のことだった。



優しい光が

生涯初、竹馬で富士をまたいだぞ! 07年の初日を浴びながら、湘南・片瀬海岸の桟橋に立った
生涯初、竹馬で富士をまたいだぞ! 07年の初日を浴びながら、湘南・片瀬海岸の桟橋に立った

 おおっ。海岸で待ち構えていた約3000人が歓声を上げた。真正面から、2007年初の太陽が昇ってきた。力強いが、光には優しさが満ちている。午前7時、神奈川・江の島の片瀬海岸東浜。神聖な瞬間だ。

 毎年恒例の江の島1周初泳ぎ&カヌー大会の集団約30人が、地元のライフセーバーに守られながら灯台を目指して進み始めた。おやじは毎年この大会を手伝っている。今年は馬上からの監視役を買って出た。横木の高さ70センチ。目の位置は地上高220センチにも達して、見通しは抜群だ。成層圏に近いから空気が薄いが、清らかだ。

 すがすがしい。正直、この年で竹馬に乗り回せるようになるとは思わなかった。

 「昔は物がなかったから、子どもは皆竹馬を作って遊んだもんだ」などとしたり顔をする年配者もいるが、東京近郊ではすでに竹が手に入りにくかった。のこぎり持って竹やぶに入ったら「泥棒」と追い掛けられた。「人殺しぃ」と叫びながら必死で逃げた。冬休みも「遊ぶな、勉強しろ」と重圧をかけられた世代だ。恋も竹馬も縁がなかった。

 奪われたわんぱく時代。定年退職の今こそあのころの遊びをやり直そう。そんな思いのご同輩も少なくないはずだ。正月が近づくにつれて思いは募り、とうとう通販で金属棒のモノを買い込んだ。3500円だった。



斜行、転倒

富士の山頂直下を竹馬で登る長池さん(02年9月)
富士の山頂直下を竹馬で登る長池さん(02年9月)

 公園で練習を始めた。駄目だ。思い切って乗り込むが、何度やっても体重をかけると手の中で竹が回転し、足が外れて落馬する。性質の悪い牝馬のようだ。たまに乗れても数歩で斜行、失格転倒。子どもたちが寄ってきて「この人、変態?」という目つきで見ている。あっちへ行け!

 2、3日であきらめかけたが、選手への賀状に「Fight on」などと書き込むうちに、自分だけ負け犬でいぬ年を終えるのが悔しくなってきた。

 本欄担当の亀田正人カメラマンが、東海大探検会の後輩に達人がいると教えてくれた。今は化学技術者だが、現役時代の02年には海抜0メートルの静岡県蒲原から富士山頂まで竹馬で登ったという。電話した。

 「僕も子ども時代に経験がなかったが、オリジナリティーのある冒険をしたかった。最初はこけまくり、近所のおばさんに『いい若者が何してるの。ちゃんと働きなさい』としかられた。コツ? 冒険に近道はないです(笑い)。あ、ただ、壁に立て掛けて乗ったらコツがつかめましたね」。

 直接指導の約束を取り付けたが、達人の魔力なのだろう、現実には電話だけですべてが解決していた。「僕も最初は」という言葉に勇気をもらった。こけても恥ではない。「近道はない」。努力なしではマスターできない。「壁に掛けて」。ああ、そうか。真夜中の公園で練習を再開した。



尻馬の対極

昨年暮れ、真夜中の公園でトイレの壁を相手に必死に練習した
昨年暮れ、真夜中の公園でトイレの壁を相手に必死に練習した

 滑り止めに地下足袋を履いた。足踏みをするうちに自信がでてきた。乗れそうだと感じたので壁を離れたら本当に乗れた。横木を20センチから思い切って70センチに上げた。歩ける! 焦らず、少しずつ感覚をつかんだのがよかった。

 今は尻馬の時代だ。価値判断まで人任せにする大人が多い。安直に多数派に寄り付く。子どものいじめもその現れだ。「何となく」扇動者の尻馬に乗る子が多いのが問題なのだ。竹馬は尻馬の対極だ。乗るのも自力、こけるのも自力。

 暮れに長池さんに会った。すでに熟達していて褒められた。「その自己流、自立の精神こそ冒険の原点です。やるね、おやじ」。

 おやじ、いい気になって「まあ結局、根性だね」。すると長池さんが「そうでもない」と言い出した。お、尻馬の乗車拒否だ。

 「僕も失敗だらけ。5カ月練習して決行したが、富士宮の町中で排水口に突っ込んで大転倒したり、6日目に頂上近くまで行ったのに雷で翌日登り直したり。ばからしくなってやめたくなったが、サポートの仲間のことを考えると、やめるなんてできなかった。1輪車で2週間かけて京都まで行ったときはタマキンの皮がベロベロにむけたけど、道中いろんな人に『頑張んな』と励まされたから痛みに耐えられた。だから冒険って根性より人情かな、なあんちゃって(笑い)」。



師匠超えた

 午前8時になった。振り返れば富士が真っ白だ。お~い誰かシャッター押してくれえ。山頂のはるか上、富士をまたいですっくと立った。師匠をも超えたのだ。江ノ島大橋から数人が拍手してくれた。感激だ。

 その時こけた。大勢に笑われた。冒険は非情だ。



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 【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥
プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、60歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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