大リーガーが見た「名将」とは…。「関西シリーズ」の激闘を終えたオリックス中嶋聡監督(54)と日本ハム時代にともにプレーし、今も慕うパドレスのダルビッシュ有投手(37)がオンラインインタビューに応じ「監督・中嶋聡」について語った。ダルビッシュが本気で怒られた過去を明かした。【磯綾乃】
-ちなみに怒られたことは
中嶋さんが本気で怒ったことが、1回だけあって…。2011年、僕の日本での最後のシーズン前半戦は、ずっと大野奨太君と組んでたんですよ。もともとは鶴岡慎也さんと組んでたんですけど、けがでずっといなくて。後半戦に入って復帰しますと。監督にこのまま大野で行くか、鶴岡に戻すかどっちだって言われた時に、僕はずっと何年も組んできたので、復帰するんやったら鶴岡さんが普通なんじゃないかということを監督に言ったんですよ。
それを多分、監督から中嶋さんが聞いて。まだ覚えてるんですけど、ヤフードームのファウルエリアで僕のところに来て「なんでお前、ツルなんや」って言って。「こんなにショウタ頑張ってきたのに、なんでお前そんなことするんや!」ってめっちゃ怒られて。
僕も僕の中で筋は通したつもりだったし、でも中嶋さんも中嶋さんで、大野という若い次のチームの柱になる捕手が一本立ちするというところで。当時1番手やった自分がそうしたのが、やっぱり許せなかったんじゃないかと。そういうことが1回ありました。やっぱり、すごく選手思いというところがあるなと感じました。
-当時実績のあるダルビッシュさんにも怒る
はい。実績がどうというのは考えない。もちろんリスペクトはしてくれるんですけれども、中嶋さんの中で男として、人間としてどうなんだ、というところに関しては、おかしいと思ったら関係なく、誰にでも言うと思います。
◆中嶋聡(なかじま・さとし)1969年(昭44)3月27日生まれ、秋田県出身。鷹巣農林から捕手として86年ドラフト3位で阪急入団。97年オフにメジャー挑戦を表明したが条件が合わず、FAで西武移籍。03年に横浜、04年に日本ハム移籍。46歳の15年に現役引退。実働29年は工藤公康、山本昌に並ぶプロ野球記録。通算1550試合、804安打、55本塁打、349打点、打率2割3分2厘。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各1度。16年から日本ハムのGM特別補佐としてパドレスに派遣され、18年に1軍コーチ復帰。19年からオリックス2軍監督。20年8月、西村監督の辞任後に監督代行。21年から正式に監督となった。22年正力賞。
◆ダルビッシュ有(ゆう)1986年(昭61)8月16日生まれ、大阪府出身。東北2年春から4季連続甲子園に出場し、2年夏準優勝、3年春の熊本工戦ではノーヒットノーランを達成。04年ドラフト1巡目で日本ハム入団。最優秀防御率2度、最多奪三振3度、リーグMVP2度、07年沢村賞。08年北京五輪代表。09、23年WBCで世界一メンバーとなる。11年オフにポスティングシステムによりレンジャーズに移籍。以後17年途中にドジャース、18年カブス、21年パドレスへそれぞれ移籍。13年最多奪三振、カブス時代の20年に日本選手初の最多勝。196センチ、99キロ。右投げ右打ち。