蝶のように舞った20世紀の英雄 アリ氏が天に舞う

 プロボクシングの元世界ヘビー級王者ムハマド・アリ氏が3日(日本時間4日)、入院していた米アリゾナ州フェニックスの病院で亡くなった。74歳だった。「蝶(ちょう)のように舞い、蜂のように刺す」の言葉通り、ヘビー級離れした華麗なフットワークと鋭いジャブを武器に活躍。黒人差別とも闘い続け、スポーツ史に残る英雄だった。突然の別れに、世界に追悼の輪が広がった。

 20世紀を代表するスーパースターが逝った。近年は入退院を繰り返し、表舞台に出ることが減っていたアリ氏。3日(日本時間4日)に危篤状態に陥っていると報じられると、家族に近い関係者も「極めて深刻。葬儀の準備も既に進められている」と明かしていた。そのわずか数時間後。リング内外で闘い続けた74年の人生が静かに幕を閉じた。

 12歳でボクシングを始め、60年ローマ五輪ライトヘビー級で金メダルを獲得。帰国後、黒人であることを理由にレストランで食事の提供を拒まれ、メダルを川に投げ捨てたという。すぐにプロ転向すると、64年にソニー・リストンにTKO勝ちし、22歳の若さで無敗のまま世界ヘビー級王座を獲得。華麗なフットワークと切れ味鋭いカウンターは、大男たちの力ずくの殴り合いだったヘビー級のボクシングを根底から変え、多くのファンを魅了した。

 このころに、イスラム教に改宗。名前をカシアス・クレイからムハマド・アリに変更した。その後、9度の防衛に成功したが、67年にベトナム戦争への反対を理由に米軍への入隊を拒否。ライセンス剥奪と同時にタイトルも失い、黒人解放運動に参加した。

 70年にライセンスを再取得すると、3年7カ月ぶりにリングに復帰。74年には当時無敗の「最強王者」ジョージ・フォアマンに挑戦した。全盛期を過ぎた32歳は圧倒的不利の予想を覆し、8回KO勝ちで王座返り咲きに成功。開催地の名前から「キンシャサの奇跡」と称された。通算戦績は56勝(37KO)5敗。自身を「グレーテスト(最も偉大)」と言い放つなど、強烈な個性を身にまとった伝説のボクサーだった。

 81年の引退後は、パーキンソン病のため長い闘病生活を送ったが、96年アトランタ五輪では開会式で聖火台に火をともして感動を呼んだ。日本では76年にプロレスラー、アントニオ猪木との異種格闘技戦で大きな関心を集めた。05年には米国市民最高の栄誉「大統領自由勲章」を受けた。

 元世界ヘビー級王者マイク・タイソン氏は「神が王者を迎えに来た。さようなら最高のボクサー」とコメントを出した。偉大な王者の訃報に、世界が悲しみに包まれた。

 ◆ムハマド・アリ 1942年1月17日、米ケンタッキー州ルイビル生まれ。60年にローマ五輪で金メダルを獲得し、同年にプロ転向。64年にヘビー級世界王座獲得。戦績は61戦56勝(37KO)5敗。05年には娘のレイラがWBC女子スーパーミドル級王座を獲得し、親子世界王者となった。