人は、生きていかなきゃいけない/伊集院静が語る1

インタビューに答える伊集院静氏=2017年3月15日

 作家伊集院静氏(67)が、「さよならの力 大人の流儀7」(講談社)を出版した。累計170万部超の人気シリーズの第7弾だ。雑誌「週刊現代」に昨年6月から今年2月までの人気連載コラムに書き下ろしを加えている。伊集院氏に聞いてみた。【小谷野俊哉】

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 「(原稿を精査することは)ないです。若い頃だったら、そういう事をしなきゃいけないけど、わからないけど、今はもう書いた文章が以前ほど、なおさなくてすむ状態と。ただ、これは『さよならの力』っていうタイトルっていう事になると、じゃ、さよならの力ってなんぞえ? って事。それに即した書き下ろしのものを数本、この中には入れてあります。第6弾までも、何本かあったけど、これは3、4本入っているっていうのは珍しいですね。どうしてかと言うと『さよならの力』という事は、どのくらいの幅をもつものかという事を読者に伝えた方がいいからね」

 雑誌の連載は、周囲の状況が変わっていく。政治、社会…。

 「もし、この連載の途中で、東北大震災のようなものがもう1回きたら、さよならの事だけ書いていられない。やっぱり週刊誌は生きているから、今一番人が聞きたいもの、それから読みたいもの。そういうものをしなくちゃいけない。だから、こういう風に『さよならの力』っていう風に統一をしてね。『さよならの力』っていうことは、こういう事なんだ、っていうためには、普段の週刊誌で書いているものよりも、何本かは加えなきゃいけない。それは今回の試みとしては、もしかしたらうまくいってるかもしれない。読み返してみたんだけども、意外と『さよならの力』の事は言ってるなというのがあって(笑い)ところが、『さよならの力』で、1年後、半年後に本にしますよと、都度、都度、書いて行くっていうのは無理がある。まあ、編集部の方も(本が出る)半年くらい前から言ってくれますからね。で、このテーマは、これに合うんじゃないかっていう感じでね。それと『さよなら』っていう言葉自体が幅が広いものだし、『力』は、まあ流行だから。まあ、そういう事ですね」

 本の出る半年ほど前にテーマが決まり、連載もそれに向けて書き進められていく。

 「だいたい、そのくらいの雰囲気のものでタイトルを決めてやっていきたいっていうのは、ありますね。だけど運命っていうか、運がよければ形が合うけれど、無い場合はそういきませんからね。それと、週刊誌としてはね、こんな風に7弾目までずっと10万以上刷って売れるっていう本はなかったんで、彼らもやっぱり米櫃(こめびつ)にしたいから一生懸命やるんじゃないですか(笑い)」

 ものを書くとき、読者のと対象を絞り込んで書いていく。

 「皆に読んでもらおうというような発想でものを書いていくと、これはやっぱり売れないんだね。売れないっていうか受け入れてもらえないんだね。今回だと別れを経験した人。別離、死別でもいいね。そういう事を経験した人に対して、あなただけが悲しいわけではないっていうことをね、伝えるためには、そこをやっぱり絞っていかなきゃ駄目なんだよね。じゃあ絞った結果が(数字が)落ちるのかっていうとそうじゃない。実は、別離とか死別とか別れっていう事を経験した人は10人のうち9人いるという、まあ私の発想なんだけども。形は違えども、切ない事はみんな経験してると。だから、多分このタイトルは受け入れられたんだろうと思いますね。私もはじめ、どうなんだろうって思ったんだけども。あの、結論ではないんだけども、苦しい事、切ない事、辛い事という事を経験すれば、その後に来るものは、必ず、そこで経験したものが力になっているっていう事はどうやら間違いじゃなさそうだ、と。だから、悲しみのどん底とか絶望のふちで、死を選ぶ人とかそういう人もいるだろうけども、人は生きていかなきゃいけないから、どんなに切なくてどんなに苦しくても、やっぱり歩き出しているっていうね。その何か、確証みたいなものはね、欲しいんだろうねえ。だから、その、別れた後にやはり切ない時間ってやっぱり、個人差はあるけども、ぱっと切りかえて、今泣いたカラスが…ってわけにはいかない。特に人との別れっていうのはね。だからそういう意味では、多分、私にもあったあのつらさっていうのをちゃんと言ってくれているって。ああ、私はこうしたけども、ああ伊集院さんはこういう風な、伊集院さんの友達の場合はこうだったのね、とかね。そういう事を書いてあげた方が実はいい。自分は本当に不幸だなとか、そういう事を思い始めたら抜け出せないんだね。で、意外とその抜け出せない人が多い」

(続く)