別れあっても出会えたこと感謝/伊集院静が語る4完

インタビューに答える伊集院静氏=2017年3月15日

 伊集院さんの妻の女優篠ひろ子は、もう10年くらい芸能活動をしていない。故郷の仙台の家で、東京で仕事をこなす伊集院氏を待っている。

 「父親の看病で帰ったんですけども、さっとやめましたねえ。私は、ちょっと驚きましたけどもねえ。まあ鮮やかに、お辞めになりましたなあ。私としては、働いてもらって楽をしようと思ってたんだけど(笑い)。『お前は偉い。今ね、直木賞もらってねえ、今だったら、若い女いくらでも来るのに、お前は着実な方を選んだって。あれは貯金持ってる』って言われたんです。いやそうじゃありませんよって(笑い)。そしたら、篠さんやめるって言うんで、驚きましたね、あの、ぎんぎらぎん(近藤真彦『ギンギラギンにさりげなく』)とかね、1曲書けば2億円くらい入って来るわけだから。そういう金の印税とかね、今までの稼いできたものを、事務所から通帳をみせられるとね…。『えっ!27万しか持ってないのこの人?』っていうのがあって。もう、これずうっと、10年前から変わんないんですよ、と(笑い)」

 豪快に稼いで、豪快に使った。

 「飲むか…まあギャンブルするか何か…って。で、それで、私冗談でねえ、再婚をした時に結構高い部屋代を払っていたから『部屋代もったいないと思いませんか』って言われたから、『じゃあ、株でも売るか』って言ったらね、『えっ? やっぱりそうなの。私はおかしいと思ったのよ、27万って、あなたが生きてるって事自体が怪しいと思ったのよ』って。それで、うそだって言えなくなっちゃって。ああ、これ冗談だって言えなくなって。それで『お家買った方がいいんじゃないですか』って言うから…それはうそだって言うまで、時間かかったの(笑い)」

 伊集院さんは85年に前妻の女優夏目雅子さんを白血病で亡くしている。長い間、夏目さんについて書くことを封印していたが、11年の東日本大震災をきっかっけに、篠さんに断って夏目さんのことを書いた。

 「あんまり雅子さんの事は、しょっちゅう書けるほど…やっぱり書けば、揺さぶられるからね、こちらが。それが、たとえ30何年前の事でも。だからなるだけ、必要だった時にしか書かないんだけども、あれほど大衆から支持をされた女優さんだから、まあ、変な事は書けないしねえ」

 先月の4日には年上の友人であったグラフィックデザイナーの長友啓典さんを亡くした。77歳だった。

 「これは大変な事なんですけどもね。これはもう、30年ずっと、女房代わりではないけども、飲み続けた人だからねえ。お酒もゴルフも、みんな一緒でしたねえ。まあ、いろいろ学びましたね。だから死んだという事、もういないんだって事に関しては、まだ実感がね。これがゴルフに行ったりとかね、そういう時に出るんですね。誰もいなくなった時に、ぱっと風の中からあれっ? と思って。あれ、今ちょっと雅子ちゃんの声に似てた…っていうね。そういう時があるんですよ。その時に、何かやっぱり、がくぜんとするというか。そういう事が長友さんの事に関してはこれから何度か起こるでしょうね」

 その悲しみは三回忌、七回忌と、時を経て力になり、その人たちは思う人の中で生き続ける。

 「ただ、何て言うか、別離が重なってくると、そこの対処の仕方が、だんだんとできてきてね。本当に死んだのねって言う気持ちよりも、あっ、あの子の事に関しては知らんぷりしとこうっていうような。で、それが実は、私にはうまくできたんでね。そりゃまあ最初の1年間くらいはそういう事はできないけども。ただ、10人の人に十色の別れ、10の形があるから。人と別離したり、もう二度と会えないような事になった時に、その人の事が、思い出したから思い出されるんじゃなくて、何かの拍子に、いたずらみたいに、それは来るんですね。それは、赤ちゃんを亡くした人が、デパートの玩具売り場なんかに絶対行かないようにしていても、角を曲がったら小さなおもちゃ屋さんがあったりするというね、そういうような事が人生なんですよ。本当にむごいなあって思う事がある。そこを何か、顔や目をそむけて走っていってもいいけども、そこを耐えなきゃだめなんだよね。だからそういう事から、別れとかそういう事を非常に大事にしてたら、そりゃあ付き合った人を首しめて殺すとか、そういう事はなくなるよ。うん」

 悲しみに耐えることで、人間は成長できる。

 「さらに言うとねえ、今ずっと別離のこと、別れの事を言ったけども、実はもっと大切なものがあるんじゃないかっていう事に気がつくのは、その後で。もしも出会えてなかったら、どんな人生だったんだって考えると、出会えた事が全てだったと。別れは迎えたけども、その出会えた事にやっぱり感謝すべきだろうと。そういうところにもっていくと、慈しみって言うかね。人間に対する愛情がさらに深まるっていうかね。だから、別離というのはね、ひとつは、本人は苦しい切ないんだけど、それを越えた時に、以前よりも、人に対する愛情が深まっているって言う事は、もう確かだと思うね」

(おわり)