チャンス大城「尼崎のドブネズミ」が街で声かかる存在に「全部、千原兄弟さんがお膳立て」連載3

カメラに向かってポーズを決めるチャンス大城(撮影・丹羽敏通)

チャンス大城(47)が初の著書「僕の心臓は右にある」(朝日新聞出版社)を発売した。

帯を書いた千原兄弟のジュニア(48)は「即映画化」、せいじ(52)は「こんなオモロいやつが今までどこに潜んでいたのか。地下芸人の壮絶な半生、ここにあり」と激賞。このほど、チャンスが取材に応じ、本の反響、笑いの原点、現在地、これからを語った。(全4回の3回目)

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近年のブレークは、初めてNSCに入った時の同期でもある千原兄弟のおかげと話す。知り合いの芸人が店長を務める飲食店が、せいじの経営する店で、そこから33年ぶりに千原兄弟との交流が始まった。その流れで、2017年7月7日に、千原兄弟が毎月行っているチハラトークにゲスト出演した。

「2017年7月7日ですね。『山に埋められた話』。チハラトーク。これはやばかったですよ。ドカーンやし、ジュニアさんが息できへんくらい(笑って)倒れていて。それまで、公民館とかでしかやっていないから草野球以下ですよね。それが急に神宮球場行ってそこでホームラン打ったようなもんですからね、えげつなかった。ここから全てが始まりましたね」。

それまで約30年、「地下」で芸人を続けてきた。地下に潜りすぎて「マントル芸人」とも言われていたと笑う。「ここまでゾンビでしたね。心臓止まっているのに生きて、動いているみたいな。諦めていましたしね。なんか、時間稼いでいたんですよね、死ぬまでの」。

その後も、千原兄弟が出演する番組に呼んでくれて知名度が上がった。いつのまにかチハラトークには毎回ゲスト出演するようになった。ジュニアが「『チャハラトーク』でええんちゃう」というほど、千原兄弟ファンにも受け入れられている。「全部、千原兄弟さんがお膳立てしてくれているんですよ、長い点と点やったな。(初対面は)33年前っすもんね。本にもちょろっと書きましたけどね、人を1人殺した人が、ドキュメンタリー番組で、24年ぶりに刑務所出てきていた。それでも(33年には)全然足りていないですもんね」。

人気番組への出演を経て、“ブレーク”ともいえる状態だ。ただ、著書の中では、「芸人としては、僕は、まだまだ地上に上がっていません」とも記している。その真意を問うと、「書いたのは結構前なんで。ちょこちょこ最近はね。日なたにちょろっと顔出したくらいですね」。

街中で声をかけられる機会も増えた。そのような存在になることは夢にも思っていなかったため、動揺もあるという。「びっくりしています。パトカーから、助手席の60歳くらいのおじさんが、『チャンスー』って呼び捨てで。ドッキリかなって思った。『なんかあったら、渋谷署こいよ』っていわれて。マクドナルドでも、『テリヤキバーガーセット3番の札持ってお席にお座り下さい。(小声で)いつも見ていますよ』って。定食屋とか電車とか。不思議です。他人ごとだとおもっていたので」。

そんな中でも子どもや親子連れに声をかけられるのが一番うれしいという。

「中学生とかにサインしてくれとか言われたらうれしいですね。あとは子ども連れたご夫婦さんとかね。『ウチの子どもと写真撮ってくれますか』とか。こんな『尼崎のドブネズミ』っていわれた男が、『子どもと写真撮ってくれますか』っていわれるんやなって。あんな路上で酒飲んで、何回か凍死しかけてね。カスみたいなね。かわったよな~」。(続く)

 

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