【祝30歳】羽生結弦さん単独インタビュー「30代も絶対うまくなれるはず」誕生日/前編
冬季オリンピック(五輪)男子2連覇のプロフィギュアスケーター羽生結弦さんが、今日7日に30歳の誕生日を迎え、アイスショーの全国ツアー「Echoes of Life」(エコーズ・オブ・ライフ)をスタートします。
単身出演、制作総指揮を執る「Yuzuru Hanyu ICE STORY」シリーズ第3弾。さいたまスーパーアリーナで開幕し、来年2月まで3都市7公演で独創的な物語をつづります。このほど単独インタビューに応じ、プロ転向3年目で実感するアスリート面の進歩や変化を語りました。(以後、敬称略)
フィギュア
◆羽生結弦(はにゅう・ゆづる)1994年(平6)12月7日、仙台市泉区生まれ。4歳で氷へ。10年にシニア転向。全日本選手権優勝6度。16年に4回転ループ世界初成功。SP、フリー、合計の世界歴代最高点も樹立(更新19度)。ジュニア2冠、五輪、世界選手権、GPファイナル、4大陸選手権を完全制覇する「スーパースラム」を20年に男子で唯一達成した。コロナ禍でカナダ・トロントから帰国した後は地元仙台で技を磨く。宮城・東北高-早大人間科学部(通信教育課程)。22年7月19日にプロ転向を表明。翌23年2月にスケーター史上初となる東京ドーム単独公演に成功。172センチ。血液型B。
19歳で五輪フィギュア金メダル。23歳でアジア初2連覇。27歳でプロ転向。個人最年少の国民栄誉賞に輝いた希代のスケーター羽生が30歳の誕生日を迎えた。
「変わらないですね。人間のDNAは、どうしても年齢の変化によって損傷されていくものですけど、良い方向にも悪い方向にも体は変わっていくと思っていて。自分は、いい方向を見つけてあげたい。きっと10代の頃では感じられなかったものが、今は感じられるようになっていて。30代も絶対うまくなれるはず。もちろん10代と比べれば回復のサイクル、緊張、重圧のかかり方、筋肉の発達量など変わってきますけど、どうケアしてあげるのか考えながら、身体に耳を傾けながら、あの頃より絶対うまくなれた、昨日より必ず上手になれる、という毎日を過ごしていけたらいいな」
身をもって前進を証明してきた。競技者時代は、極論すればショートプログラム(SP)2分40秒、フリー4分の本番が1日1回だけ。現在は1人で90分から150分間にも及ぶショーを演じる。
「例えば『RE_PRAY TOUR』(1年前の第2弾)で言えば、前半50分間のうち40分ぐらい経過したところで4回転ジャンプを跳ぶんです。既に消耗した状態…それでも演技できるようにするための練習が不可欠で」
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長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメリカンフットボールの甲子園ボウル出場。
2004年入社。文化社会部から東北総局へ赴任し、花巻東高の大谷翔平投手や甲子園3季連続準優勝の光星学院など取材。整理部をへて13年11月からスポーツ部。
サッカー班で仙台、鹿島、東京、浦和や16年リオデジャネイロ五輪、18年W杯ロシア大会の日本代表を担当。
20年1月から五輪班。夏は東京2020大会組織委員会とフェンシング、冬は羽生結弦選手ら北京五輪のフィギュアスケートを取材。
22年4月から悲願の柔道、アメフト担当も。
