【杉山匠海〈下〉】米国デトロイトで刻んだ金言 スケートとの縁を大切にこれからも

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第60弾は、杉山匠海が登場します。小学校5年生で競技を始めてから、主に岡山を拠点に活動。文武両道を貫きながら、ノービス時代から全国大会で活躍してきました。全2回の下編では、成績にこだわり始めた高校時代から、現在にいたるまでを振り返ります。(本文敬称略)

フィギュア

両手を頭に置いてポーズをとる杉山匠海(撮影・竹本穂乃加)=2026年2月5日、岡山大

両手を頭に置いてポーズをとる杉山匠海(撮影・竹本穂乃加)=2026年2月5日、岡山大

ノーミスの呪縛

ここぞ、というタイミングで踏み切る。身体を締めて空中で回転するが、直後に違和感を覚える。また、理想のジャンプを跳べなかった―。「また一からだ…」。その瞬間、身体の中の温度がふっと下がるのを感じた。

「(18年げんさんサマーカップの)ショートでノーミスできて、点数も良かったんです。それでノーミスの演技をしたいと思っていて。なので、そのときは1個目のジャンプでミスしちゃうとやる気がなくなっちゃったり…。とにかくノーミス、ノーミスと思ってやってましたね」

高校生になった杉山の脳内を占めていたのは、とにかくミスのない演技。手を伸ばせば強化選手に届きそうな位置まで実力も上がり、順位に対する執着心も〝欲〟として表出。息苦しさを感じつつも、それを果たすにはノーミスしかないと信じて疑うことがなかった。

高校2年生で渡米

移住した米デトロイトの町並み(本人提供)

移住した米デトロイトの町並み(本人提供)

広い空。いきいきとした緑。目の前に広がる光景を前に、杉山は大きく息を吸った。米国の広大な土地に、ふっと安らぎを覚える。ここは、太平洋を東に約1万キロ進んだ先にある米デトロイト。「自動車のまち」とも呼ばれた米中西部の都市は、杉山の目にはのどかで穏やかなまちに映った。

母親の仕事の都合で、家族4人そろって移住。加入したデトロイトスケーティングクラブで練習していると、視界の隅で、母親がアジア系の家族に話しかけに行く姿が見えた。「日本人の方ですか?」の一言から、何やら会話が盛り上がっている様子。なるほど、周囲を見渡せば、確かに日本人らしき生徒は5~6人いるよう。社交的な母親に背中を押されるように、杉山も「どこから来たの?」と声をかけてみると、「中国から来たんだ」、「私は台湾から」と会話が連なっていった。決して語学堪能というわけではない。特に伝える作業は難しかったが、それでも、そんな些細なやりとりから輪は広がり、気づけば友人が複数できていた。

そうして、新しい環境にもなじみ始めたある日。新鮮な風が運んできたある言葉が杉山の胸を刺した。

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スポーツ

竹本穂乃加Honoka Takemoto

Osaka

大阪府泉大津市出身。2022年4月入社。
マスコミ就職を目指して大学で上京するも、卒業後、大阪に舞い戻る。同年5月からスポーツ、芸能などを取材。