【奥野友莉菜〈上〉】「イーグル」に憧れて始めたスケート 小5で知った全国のレベル

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第65弾は奥野友莉菜(19=明治大)が登場します。伸びやかなスケーティングが武器で、22、24年全日本選手権出場の大学2年生。高橋大輔が発起人のアイスショー「滑走屋」に24年から3年連続で出演する表現力豊かなスケーターの人生をたどります。

全3回の上編では、5歳でのスケートとの出会いや、ノービス時代の悔しい経験を振り返り、奥野のスケート人生がどう始まったのかを追いました。(敬称略)

フィギュア

◆奥野友莉菜(おくの・ゆりな)2007年(平19)2月18日生まれ、東京都出身。5歳でスケートを始め、全日本ノービス選手権はB2年目の17年から3年連続で出場し、23位、19位、13位。全日本ジュニア選手権は20年から4年連続で出場し、13位、12位、6位、17位。全日本選手権は22年27位、24年30位。「滑走屋」は24~26年出演。駒場学園高-明治大商学部。岡島功治コーチに師事。

演技する明大・奥野友莉菜(26年1月)

演技する明大・奥野友莉菜(26年1月)

坂道を全速力で滑り降りて急ブレーキ、兄にケンカ挑み続け

明るい性格の奥野は、物おじせずに挑戦する子だった。だから幼い時のスケートの上達も早かったのだろう。

小学校に上がる前から近所の校庭が開放されると、遊びに行く活発な子だった。誰とでもすぐに仲良くなり、知らない子にも自分から積極的に声をかけ、すぐに友達になって一緒に遊んでいた。「今はそんなことない」と笑う。

「とにかくずっと動いていました」

買い物に行った先で店内で流れるノリの良い音楽に合わせて踊り出した。

遊具の雲梯では「サルみたいにぶら下がったり」と、照れくさそうに懐かしむ。

かかとにローラーがついた靴で坂道を全速力で滑り降りて、急ブレーキで止まるのも、恐怖心なく楽しんだ。

2歳上の兄とは、今ではお互いに大人になってケンカはしないが、当時はしょっちゅうケンカしていた。勝つのはいつも兄。それでもケンカに挑んだ。

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スポーツ

保坂果那Kana Hosaka

Hokkaido

北海道札幌市生まれ。2013年から高校野球などアマチュアスポーツを担当し、2016年11月からプロ野球日本ハム担当。
2017年12月から北海道コンサドーレ札幌担当。冬季スポーツの担当も務め、2022年北京五輪ではノルディックスキー・ジャンプや複合を取材。