
ジャパン最後の日、平尾誠二が残した思い「いつかゴール前でスクラムを。そんな代表に」
ラグビー界の伝説となる平尾誠二が、日本代表監督に就任したのは1997年だった。史上最年少の34歳。まだ現役だった。1999年W杯を経て、翌2000年秋のアイルランド遠征後に辞任を表明する。知られざる「平尾ジャパン最後の日」。日本代表へ残した言葉があった。(敬称略)
ラグビー
〈W杯に挑んだ者たち:下〉
00年11月アイルランド戦、60点差で選んだスクラム
2000年11月11日。
ダブリンにあるランズダウンロード。
1872年に開場となった由緒あるスタジアムで、日本はアイルランドとのテストマッチを戦った。
北海道よりも緯度の高いダブリンは、11月でも真冬のように寒い。
大敗した結果が20年以上前の記憶をそうさせているのか、現地は鉛色の曇り空であった。
試合は午後3時に始まる。日本は前年のW杯から大幅にメンバーを入れ替えていた。
時間が進むにつれ、点差が開いていく。
相手の勢いは止まらなかった。
日本が挙げた得点は、前半にスタンドオフ(SO)の広瀬佳司が決めた3本のペナルティーゴール(PG)だけ。
ディフェンスに追われ、足の止まった後半だけで7本のトライを許した。
終了間際、敵陣に入る。
何とか意地を見せたかった。
ゴール前でペナルティーを得る。
フォワード第1列が、その試合で主将を任されたスクラムハーフ(SH)の大原勝治(トヨタ自動車)に耳打ちをした。
「スクラムを選択してくれ。
俺たちが押すから」
60点以上の差が開いてもなお、力と力の勝負を挑んだ。
格下の日本にゴール前でスクラムを選択されたアイルランドは、目の色が変わる。
「Don’t lick it(なめんじゃねぇ!)」
8人と8人が最後の力を振り絞る。
ブーイングが響く会場で挑んだ真っ向勝負。
日本ボールのスクラムは、完膚なきまでにたたきのめされた。
ズルズルと後退し、ついにはボールを失った。
それが、当時の日本代表の現実だった。
しばらくしてノーサイドの笛が響く。
9-79
自信を喪失し、進む道さえ見失ってしまったかのような完敗だった。
まだ歓声に包まれたグラウンドから、ロッカールームへと引きあげてゆく。
監督の平尾誠二は、スーツ姿でそこにいた。
薄暗い通路。壁によりかかるようにして、身を預けていた。
静かな空間に、沈黙の時間が流れる。
その姿を見たプロップの選手は、「情けない試合をして申し訳ない」-。
そんな思いでいっぱいだった。
それが、平尾ジャパン最後の日になったのである。
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茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。
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