<西武5-1巨人>◇2日◇西武ドーム

 思いが1つになる。目を赤くした西武渡辺久信監督(47)が、しんみりと天を見つめた。「バニー、勝ったよ」。2年前まで捕手コーチだった相馬勝也さんの愛称だった。試合前、訃報が入った。まだ50歳の若さだった。「今日は特別な試合だった。ライオンズ一筋32年。相馬さんに苦労をかけた選手たちが、しっかり打った。天国から見ていてくれたと思います」。巨人を圧倒し、今季最多の5連勝を決めた西武は強かった。

 キャプテンが引っ張った。先制打を放ち、ピンチを防ぐ好守を連発した栗山巧外野手(29)は「今日にかける気持ちは僕だけでなく、みんなが持っていた」と代弁した。ベンチ裏には、相馬さんのコーチ時代のユニホームが飾られた。立て掛けられた写真は、今にも飛び出てきそうなほどの笑顔だった。「入団してからずっとお世話になった。相馬さんの思いを受け継いで頑張っていきたい」という声が震えた。

 強力打線をわずか3安打に封じた先発十亀の気迫は、いつにも増していた。「相手の目を見て、相手がかえすまで目を見てあいさつしろと、相馬さんに言われたことを覚えてます。完投したウイニングボールをひつぎに入れたい」と白星をささげた。入団時から捕手としての基礎をたたき込まれた炭谷は「できるなら、あの声でまた怒られたかった」。8回のダメ押し打に、ありったけの感謝をこめた。

 渡辺監督は08年の就任時、ともに2軍で指導していた相馬さんの情熱に心を動かされ、1軍コーチとして呼んだ。「年はおれが2つ下だけど、昔から公私でいつも一緒にいた。ベンチでは、誰よりも元気だった。みんなに言ったら、今日はよく声が出ていたよ」。いつも先頭に立ち、チームを鼓舞していた熱血漢の姿が、よみがえったかのようだった。

 ◆相馬勝也(そうま・かつや)1963年(昭38)5月11日、東京都生まれ。強肩捕手として、日大二高から81年ドラフト外で西武に入団。12年間プレーし、主に伊東(現ロッテ監督)の控えとして、1軍で通算39試合に出場。引退後チームに残り、ブルペン捕手、2軍コーチを歴任。08年に1軍バッテリーコーチに就任し、日本一に貢献した。11年に編成担当、12年からファームディレクター補佐兼育成担当を務めていた。180センチ、76キロ。