協会員のバッジは外している。ただ、かつての僚友に託す思い、骨身を削ってささげた相撲道への情熱に、いささかのかげりもなかった。64代横綱の、今も変わらぬ大きな背中が、それを感じさせた。

 4月16日の群馬・高崎巡業。その4日後に、自ら立ち上げたプロレス団体「王道」の旗揚げ戦を控える中、プロレスラーの曙(46)は花束を持って、土俵に立っていた。203センチ、190キロの僚友の元へ歩を進めるのは、細身の65代横綱。この春巡業から巡業部長に就任した貴乃花親方(43)だ。

 場内が一気にどよめく。無理もない。曙と懇意にしている、この高崎巡業を主催する勧進元が「当日、会場に来ていただいた方を驚かせたかったから」と、事前告知など一切しなかったサプライズ演出だった。目と目を合わせた曙から貴乃花親方へ花束が贈られ、豪華すぎるセレモニーはあっという間に幕を閉じた。

 「同期会でよく会ってますよ。3年前は(担当部長だった)春場所の先発事務所にも来てくれた。わざわざ来てくれて、ありがたいよね」と貴乃花親方。では同じ土俵に2人で上がるのは…。これについては、曙が明かしてくれた。「彼の引退相撲以来かな」。03年夏場所後の断髪式が最後だという。

 負けず嫌い? の面目躍如か、話はまだ続く。「でも(断髪式でマゲを切る)自分は(貴乃花の)後頭部しか見ていない。土俵の上で目と目を合わすのは…」と間を置き、胸をグイと張って「2000年九州場所14日目以来だよ」と言ってほくそ笑んだ。そう、自ら最後の優勝を決めた直接対決だ。

 2差で追う貴乃花を下し通算11度目の優勝決定。翌千秋楽の武蔵丸戦も勝ち14勝1敗で締めくくった現役最後の場所だから、忘れられるはずもない。初土俵以降、優勝決定戦を含めた両者の対戦成績は25勝25敗と全くの五分。27回を数える千秋楽結びの一番は、輪島-北の湖、大鵬-柏戸などの黄金カードを抑え史上最多だ。

 そんな古き良き友が巡業部長に就任。曙は期待を託して言った。「巡業を旅行のつもりでいて、東京に戻って体を作ろうとするからケガをする。自分も(貴乃花)親方も昔は、巡業を利用していろいろな稽古をして、一生懸命やって体を作った。貴乃花親方の指導の下、少しでも巡業が変われば、本場所の相撲内容まで変わると思う」。角界への思いも熱を帯びた。「自分は協会を離れたけど相撲は大好き。いつも応援している。今日みたいに力になれることがあれば、遠慮なく言ってほしい。いつでも出て行きますよ」。真剣勝負をした者同士しか共有し得ない、独特の空間がそこにあった。【渡辺佳彦】