初監督映画アップ、優作「批評が怖い」/1986年7月5日付
- 1986年7月5日付 14面
松田優作(35)が主演、そして初監督した映画「ア・ホーマンス」(9月公開)が完成した。俳優・松田にとっても5年ぶりのアクション。ロックグループARBの石橋凌、ポール牧らの異色キャストも光って、なかなかの出来ばえである。が、松田本人は「オレ、日ごろ評判悪いでしょ。(初監督)作品をなんと評されるか……」と、自信タップリの役者稼業とは裏腹に、185センチの身長を縮こませ気味なのだ。松田の監督はこれでオシマイという。
松田監督は会った瞬間、「よろしくお願いします」と腰を45度に折り、新人のように神妙にあいさつした。テンポがあって面白かった試写の感想を伝えると、ようやく口もとが緩んだ。
「監督就任にはスキャンダラスないきさつがあったでしょ。世間の印象を気にしちゃうんですよね」。当初、小池要之助監督の演出でスタートしたこの作品は、「人間を描きたい」という同監督と「あくまでアクション」という松田の間で接点が見つからず、小池監督が降板。「すでにお金も人もつぎ込まれていたし、僕がメガホンを取らざるを得なくなってしまったんです」。
「ア・ホーマンス」は、週間漫画アクションに連載された、狩撫麻礼(かりぶ・まれい)原作の同名劇画の映画化。新宿・歌舞伎町に現れた過去も記憶を持たない男、風(ふう=松田)が、暴力団抗争のはざまで超人的な力を発揮するハードなアクションだ。
「最も危険な遊戯」など、松田の一連のアクション作品と趣が異なり、暴力描写のほとんどが”間接表現”だ。殴る姿を直接撮るのではなく、殴られた相手のひどい顔で風の超人的な力が描かれる。そのことを聞くと、「あんまりやるとマンガになっちゃうもの」と、そっけない。が、監督の立場で、主演の自分を派手に撮ることに照れたのも確かなようだ。
撮影現場では、文字通り八面六ぴの活躍だった。自らの出演場面では、助監督をスタンドインに立てる。時として、スタンドインのまま本番を撮ろうとするなど、「俳優・松田」の存在を忘れるほど演出に打ち込んだ。石橋凌演じるクールで一徹なヤクザの澄んだ目。代貸にふんしたポール牧のハ虫類的怖さ。いずれも松田監督が引き出した。「いいでしょ、彼ら。みんな試写見て喜んでくれたんだ」。他の出演者のことになると声が弾んだ。
撮影期間の1カ月。平均睡眠時間は3時間だった。「2役だから2倍きついではすまなかった。映画づくりの密度の濃さがわかって役者としては勉強になりましたけどね」と当時を振り返る松田。親友の森田芳光監督に試写を見せ、「こりぁ、スゲエ。エンターテインメントになってるよ」の言葉をもらった時が一番うれしかったという。が、「今回は偶発的、もう監督はしません」とキッパリ。若手有望監督の少ない映画界で残念なことだ。
[1986年7月5日付]