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「途中入部」の石巻工エース森が、感謝の力投で8強

<高校野球宮城大会:石巻工4-3仙台二>26日◇4回戦◇石巻市民

 「90・1%」

 これは、日本高野連が今年6月に発表した、硬式高校野球部の「継続率」である。1984年の調査以来、初めての「90%越え」で、13年連続でアップしているそうだ。数字だけを見ると「野球部に入ったら、最後までやり抜く」選手が多くなっているということがわかる。指導法の見直しや、練習環境の良化など、現場の指導者たちが時代に合わせて工夫、努力していることが伺える。頼もしい…、率直にそう感じる。

 しかし全国の加盟校は12年連続で減少(3989校)し、部員数が減っていることから「入ったら辞めずに続けるけれど、入りたいと思う人は減っているんだな」とも思う。指導者や選手を取材していると「中学野球の経験者が野球部に入ってくれない」という悩みを聞く。「中学県選抜だった選手がテニス部に入った」(石巻商)、「練習が(野球部より)ラクで、強いカヌー部が人気」(同)、「野球部に誘ったら、丸刈り頭が嫌だと言われた」(伊具)などなど…。家庭の事情で部活に入らず「アルバイトを優先したい」と言う生徒も少なくないようだ。


■背中を押した球友の一言。「キャッチボールやっぺえ!」


 「野球って、やっぱりおもしろいな」。

石巻工のエース森勇樹(3年)は改めて心からそう思った。

宮城大会4回戦。石巻工が仙台二にサヨナラ勝ちし、2季連続のベスト8入り。9回2死、走者なしからの劇的勝利だ。135球の粘投を果たした森は「仲間が絶対に打ってくれると信じていた」とキッパリ「うちは2安打、相手は10安打。4失策もしたのに勝てたのが信じられないです」と声を弾ませた。

 森はチームで唯一の「途中入部」の選手だ。入学前、高校野球はやらないと決めていた。中学時代(住吉中)の野球が楽しくて、きつい高校野球はもういいと思っていた。経済的な理由もあった。両親が小3の時に離婚。野球部に入って、お金の面で母親に迷惑かけられないと思っていた。

 「イシコウ(石巻工)に入って、良いところに就職しよう。高校野球は我慢しよう」。中学時代は石巻市の選抜にも選ばれた強肩選手。でも…。責任感の強い森は、野球をやりたい気持ちを封じ込んで帰宅部の道を選んだ。

 気持ちが変わったのは高1の5月だ。住吉中時代のチームメート、神山蓮(石巻商業野球部)から「キャッチボールやっぺえ!(やるぞ)」と誘われた。森の心が躍った。球を受けた神山は「相変わらずいい球でした。(当時は)家庭の事情なので安易に誘えなかったけど、野球をやりたいんだろうなと思っていました」とふり返る。

森はこの日をきっかけに、野球への憧れが再熱する。「もう一度野球をやらせてください」。母と兄に我慢していた思いを伝え、5月中旬に入部を決めた。1年秋にはメンバー入りを果たす。「あのとき声をかけてくれた(神山)蓮と、僕を受け入れてくれた石工のチームメート、そして母には本当に感謝しています。どんなに辛くても、弱音は吐かないと決めました」。エースで4番、主将も務める森は、今やチームの大黒柱だ。この日はスタンドに両親の姿が。2人とも、離れた席から熱心に応援してくれる。離れて暮らす父は、試合後いつもアドバイスをくれる。「自分ひとりの力で、野球ができているわけじゃない」。野球を辞めなくてよかった。森が投げるこの夏の1球には、特別な思いが込められている。

 家庭の事情、経済的な理由で野球をあきらめる選手は全国に少なくない。「高校野球マネー事情」(日刊スポーツ出版社刊/手束仁著)によると、野球部の年間予算平均額は公立校で42万600円。私立で77万3000円。部費のほかに、道具代、ユニホーム、遠征費などがかかり「お金のかかるスポーツ」として敬遠されがちだ。宮城の被災地では経済的理由で野球をあきらめる子供も多く「気持ち」だけでは立ち行かない現状もある。

「野球は高校野球まで」という選手は多い。大学や企業で野球を続けることは当たり前のことではない。野球人生をかけた集大成が高校野球にあるから、一つ一つのプレーが光り輝く。【樫本ゆき】

「仲間がいたから、野球を続けてこれた」。石巻工エース森(写真右)は感謝の気持ちを込めて投げ続ける(写真左は中学時代のチームメート、石巻商・神山蓮主将)
「仲間がいたから、野球を続けてこれた」。石巻工エース森(写真右)は感謝の気持ちを込めて投げ続ける(写真左は中学時代のチームメート、石巻商・神山蓮主将)
4回戦で仙台二にサヨナラ勝利した石巻工。森は10安打を打たれながら粘りの投球をみせた
4回戦で仙台二にサヨナラ勝利した石巻工。森は10安打を打たれながら粘りの投球をみせた

ライター&エディター。千葉県・木更津市生まれ。94年日刊スポーツ出版社入社。「輝け甲子園の星」「プロ野球ai」などの編集に携わり、99年フリーに。共著に「終わらない夏」「聖地への疾走」「王者の魂」(日刊スポーツ出版社)ほか。関東、東北、九州に移り住み取材活動を続ける。

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