オカダVS棚橋 内館牧子氏「2人とも美しい」

決戦前夜、登場した棚橋弘至はファンに向かってアピール(撮影・梅根麻紀)

 新日本プロレスのIWGPヘビー級選手権は今日4日に福岡国際センターで挙行される。新記録の12度目の防衛がかかる王者オカダ・カズチカ(30)に対するは、6年前にV12をオカダに阻止された棚橋弘至(41)。3日の福岡大会、最後の前哨戦でも激しい攻防が見られた。プロレス観戦歴60年以上、脚本家、作家として活躍する内館牧子さん(69)は世紀の「V11対決」をどう見るか。映画「終わった人」(6月9日公開)の原作となる同名小説の作中でもプロレスから言葉を引く著者に聞いた。

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 まずはオカダよね。この人は宝塚的なスター性を感じる。宝塚は何回か見に行ったことがあって、男役が出てくるとうっとりするわけよ。それは男はこうだという形で全部表すから。胸、肩の張り方、話し方、歩き方から何まで。男よりかも男っぽく美しく見えるのね。オカダを見ていると絵に描いたみたいな美しい男で、いいなあと。レインメーカードル(※1)が降ってくると拾って持ち帰って、テープもバッグに結わえたりするんだけど、私。付き合っていたら本当に心配だよなあとか(笑い)。

 まだ30歳でしょ。若い時はこの先良いことがあると突き進んでいくのがいいわけだけど、タナ(棚橋)の場合は違うわね。「終わった人」では定年退職してその後の人生にもがくエリートの主人公が達観して言うせりふがあるの。

 「思い出と戦っても勝てねんだよ」

 これはね、実は武藤敬司さんの言葉なの。もう20年以上前。闘魂三銃士(※2)で人気絶頂のころ、馬場、猪木の時代が素晴らしいと言っている人の思い出と戦っても勝てないと言ったのね。人生訓として非常に賢いわよね。のんべんだらりと生きていたら出てこない言葉。

 タナはまさにいま「思い出」とどう向き合うかが問われている。故障続き、長く団体の主役から離れ、前哨戦でもオカダにボロボロにやられてる。弱さが見える。年齢からも終わった人ではないけれど、多少そういうものを出してもいいやと俯瞰(ふかん)で思っているのかも。そうでなければ、開き直りかな。

 タナはプロレス界きっての知性派ね。語ることも非常に機微を感じ、洒脱(しゃだつ)なことを言うでしょ。で、自虐ネタも非常にうまい。そういう意味では武藤さんの付き人もしていたし、賢さの系譜はある。だから、41歳になって「思い出」に勝てないところから、その先に何を見せてくれるのか楽しみね。

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 今日の試合、オカダにとって分岐点になる可能性があると思ってるの。それは「格好良すぎることはかっこ悪い」ことに気付くかもしれないから。技術的にはすごいし、体中から発するオーラも見事だけど、レスラーの魅力は絵に描いたような男だけではやっていけないと思うのよ。「生身の男」。それを出してほしい。

 彼がいま天龍源一郎さん(※3)のようになりたいと言っていると聞きました。えらい! 私は天龍さん、大好きです。男のダンディズムを感じます。安息の匂いのなさ、いつだって絶壁に立っているような感じね。強いのだけど、どこか哀愁がある。だから男にも好かれる。オカダもそういうところに引かれたのだと思うけど、彼にも彼にしか出せない「生きている」部分を出してほしい。今日もし負けることがあっても、一皮むけるためのきっかけになりえる。新しいものが見えてくる可能性もある。もちろん、負けろとは思ってませんよ。すごい素材だからこそ、「格好いい」だけから脱却してほしい。男としての厚みというのかなあ。色香、深さ、それができてきたらとてつもないよね。

 プロレスを好きでもないし、見たこともない人は男女とも「あんなものはショーじゃん」とか言うわね。例えばトップロープから倒れている相手に飛ぶじゃない。フェアな人たちは逃げろと思うけど、違うのよ。あえて受ける。そうすると上から飛んだ人も、それを受けた人も両方が輝くわけだから。そういったことが他のスポーツと違うのよ。

 オカダ対タナは純粋に五輪的なスポーツ性とね、あとはドラマ性と、際立ったキャラがあるからすごく面白い。2人とも美しい。レスラーは異世界の人で、私たちはそこに夢を見る。今日も何が見られるのか、楽しみにしています。【取材・構成=阿部健吾】

 ※1 レインメーカードル オカダの入場時に会場に降るオカダの顔が印刷された紙幣。きれいに舞うように1枚1枚折り目をつけている。

 ※2 闘魂三銃士 84年に新日本に入団した武藤敬司、蝶野正洋、故橋本真也を指す。88年に結成され、90年代に不動の地位築く。

 ※3 天龍源一郎 1950年(昭25)2月2日、福井県生まれ。63年に大相撲二所ノ関部屋入門。天龍のしこ名で前頭筆頭まで務めたが76年秋場所で引退、同年10月全日本プロレス入団。89年6月に3冠ヘビー級王者。90年SWS移籍、92年WAR設立、フリー、WJプロレス、天龍プロジェクトとあらゆるマットで活躍。15年、引退試合相手にオカダを指名。得意技はパワーボム。189センチ、120キロ。

 ◆内館牧子(うちだて・まきこ)1948年(昭23)9月10日、秋田市生まれ。武蔵野美大卒業後、三菱重工で13年半のOL生活を経て脚本家デビュー。92年NHK連続テレビ小説「ひらり」で橋田寿賀子賞を受賞。97年NHK大河ドラマ「毛利元就」、00年NHK連続テレビ小説「私の青空」などを担当。00~10年横綱審議委員。東北大相撲部総監督。プロレスは4歳の時に街頭テレビで見た力道山の試合が初め。幼少期にはプロレスかるたを作ったことも。「一句だけ覚えているのは『遠藤幸吉、得意の跳び蹴り』」。1月4日の東京ドーム大会、夏のG1生観戦は欠かさない。