日本が前人未到の7連覇を達成した。前日2日の予選ラウンド最終戦の全勝対決で、サヨナラ勝ちしていた中国と再戦。5回コールド勝ちを収めた。9月26日のフィリピン戦から無傷の8連勝でアジアの頂を守った。
日本は、2回無死一、二塁から須藤志歩(27=豊田自動織機)の中前打で二走の山内早織(27=ビックカメラ高崎)が三進時に相手遊撃手と接触。相手の走塁妨害でホームを踏んで先制点を挙げた。さらに中川彩音(28=戸田中央)の右犠飛で2点目を挙げた。
2-0の4回には石川恭子(30=トヨタ)の3点三塁打でリードを広げた。
守っては、先発左腕の後藤希友(25=戸田中央)が5回まで無失点投球を続けた。その裏に2点を加えて7-0のコールド勝ち。7大会連続の優勝を決めた。
圧巻投球のエース後藤は「東京五輪以来の自国開催で、今回は(無観客と違い)たくさんのお客さんの前で、また私の地元名古屋で優勝できて本当にうれしかった」と喜んだ。
チーム最年長44歳の上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)は、予選終了時まで2試合6回1/3 1失点。奪三振数は投球イニング数に近い「5」と好投していた。決勝でも、投球練習でチームを鼓舞して優勝に力を尽くした。
2大会ぶりに競技が復活する28年ロサンゼルス五輪では08年北京、21年東京に続く3連覇を目指す。後藤は「まずは出場権を得られるように…このアジア大会も含めて通過点なので、チーム一丸となって、また成長していきたい」と力を込めた。
32年ぶりに国内開催となったアジアの祭典で強烈なインパクトを残した。8月の結団式では、上野の言葉に四半世紀の歩みの重みがこもっていた。
「7回もアジア大会に携われるとは思っていなかった。きっとこれが、最後のアジア大会になるという思いもある。だからこそ、悔いのない大会にしたい」
7月に44歳になった。ロス五輪はうかがうが、アジアの舞台は今秋を区切りとするつもりだ。自ら進退を明かし、V7へ思いを込めた中で頼もしい後輩たちとアジア王座に返り咲いた。
20歳だった02年釜山大会から出場。そこから6大会連続で頂点へ導いた。その間には08年北京、21年東京の両五輪で金メダル。五輪の実施競技から外れた期間も、世界の第一線に立ち続けてきた。
「44歳を言い訳に練習はたくさん休ませてもらっている」と苦笑しつつ「年齢ができない理由にはならない。自分ができるか、できないか」と言い切っていた上野は、後継者の後藤とも喜びを分かち合った。
11月には東京銀の雪辱に燃える宿敵・米国との対抗戦も控える。
アジア7連覇の先には、ロス五輪の頂点があることも信じている。
「アジアで負けるわけにはいかない。連覇のプレッシャーに負けていては世界一になれない。強さを見せる大会にしたい」
5年前の夏、東京は新型コロナウイルス禍で無観客開催。静寂に包まれた中での金だった。しかし、今回の愛知・名古屋での金は、スタンドに多く観客が声をからして応援する姿があった。
上野の、アジアでは集大成となる舞台が最高の形で結実した。【泉光太郎】


