【阪神西勇輝】「理想なんて、長く続くもんじゃない」生きるために三振を諦めたあの日

阪神の気になる話題を取材して紹介する「虎を深掘り」。今回は、今季限りで現役を引退する西勇輝投手(35)の理想に焦点を当てました。1度はあこがれた「三振」へのこだわりを捨て、独自の投球スタイルを確立。100勝、2000投球回、1500奪三振と数々の数字を積み重ねました。プロ18年間を生き抜いた秘訣(ひけつ)は、現実的な思考と柔軟な工夫でした。

プロ野球

★西勇輝が語った主な内容

  • 三振にあこがれていた若手時代の苦悩
  • 金子千尋から学んだ「9回27球」という思考
  • 三振を諦めたからこそ18年間投げ続けられた

◆西勇輝(にし・ゆうき)1990年(平2)11月10日生まれ、三重県出身。菰野高から08年ドラフト3位でオリックス入団。3年目の11年、先発の一角を担い10勝をマーク。12年10月8日ソフトバンク戦で無安打無得点。18年オフにFAで阪神移籍。ゴールデングラブ賞1度(19年)。球宴出場3度(12、14、15年)。15年プレミア12日本代表。181センチ、83キロ。右投げ右打ち。通算成績は352試合に登板し127勝113敗、防御率3.10。

10月7日、阪神対広島 2回表広島無死、坂倉将吾を空振り三振に仕留め交代する西勇輝(左から3人目)は藤川球児監督とハグする(撮影・上山淳一)

10月7日、阪神対広島 2回表広島無死、坂倉将吾を空振り三振に仕留め交代する西勇輝(左から3人目)は藤川球児監督とハグする(撮影・上山淳一)

10月7日、阪神西勇輝はナインから胴上げされる(撮影・上山淳一)

10月7日、阪神西勇輝はナインから胴上げされる(撮影・上山淳一)

「三振ばっかり取る人たち」打ちのめされた20代

西勇もかつては「三振」にあこがれていた。夢を抱いて乗り込んだプロの世界。そこかしこにいた剛腕の猛者たちを見て、打ちのめされた。

「ダルさん、田中(将大)さん、涌井さん、岸さん、杉内さん、和田さん…。狙ったら三振ばっかり取る人たち。決め球をしっかり持っていて。それに対して俺、劣っていたから。そんなんで生きていかれへん。当時のスーパーピッチャーのことを見ているから」

楽天対オリックス プロ初勝利をあげた西勇輝はウイニングボールを手ににっこり(11年4月17日)

楽天対オリックス プロ初勝利をあげた西勇輝はウイニングボールを手ににっこり(11年4月17日)

現在の緩急で打ち取るスタイルは、プロで数年間を経てから確立したもの。20代前半は、求める理想と現実の差に苦しんでいた。

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野球

磯綾乃Ayano Iso

Saitama

1991年(平3)埼玉県春日部市生まれ。早大から14年入社。
整理部を経てアマチュア野球担当、阪神担当からサッカー担当に。
大学時代はインドの国民的スポーツ「カバディ」に夢中になり、全日本カバディ選手権で4強入り(出場6チーム)。