【奥野友莉菜〈中〉】コロナ禍で取り戻したスケート愛、初めての全日本選手権出場
日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。
シリーズ第65弾は奥野友莉菜(19=明治大)が登場。伸びやかなスケーティングが武器で、22、24年全日本選手権出場の大学2年生。高橋大輔が発起人のアイスショー「滑走屋」に24年から3年連続で出演する表現力豊かなスケーターの人生をたどります。
全3回の中編では、コロナ禍で気づいたスケート愛から、ジャンプ強化のために決断したコーチ変更、高校1年で初出場した全日本選手権を振り返ります。(敬称略)
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◆奥野友莉菜(おくの・ゆりな)2007年(平19)2月18日生まれ、東京都出身。5歳でスケートを始め、全日本ノービス選手権はB2年目の17年から3年連続で出場し、23位、19位、13位。全日本ジュニア選手権は20年から4年連続で出場し、13位、12位、6位、17位。全日本選手権は22年27位、24年29位。「滑走屋」は24~26年出演。駒場学園高-明治大商学部。岡島功治コーチに師事。
わき出た感情 取り戻した情熱
奥野はスケートを辞めたいと思っていた。原宿外苑中1年の時だ。全日本ノービス選手権では13位。全国中学校大会では41位で、フリーに進めなかった。
「多分一番辞めたいなって思っていた時です。最後の全日本ノービスでシード権をもらったにも関わらず、こんな順位で。何だかんだ言ってリンクには行っていたけど、全然練習に乗り気じゃなくて、意味のない練習をしている感じでした」
ノービスのラストイヤーを不完全で終えようとしていた時、新型コロナウイルスが流行し始めた。
2年に進級し、ジュニア初年度。緊急事態宣言により、練習していたリンクが閉鎖された。練習する環境がなくなった。あまり力が入っていなかった奥野にとっては、タイミング良く与えられた休みだった。
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北海道札幌市生まれ。2013年から高校野球などアマチュアスポーツを担当し、2016年11月からプロ野球日本ハム担当。
2017年12月から北海道コンサドーレ札幌担当。冬季スポーツの担当も務め、2022年北京五輪ではノルディックスキー・ジャンプや複合を取材。
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