【北村凌大〈中〉】「自分の意思は曲げない」アイスダンス転向のきっかけとは

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。シリーズ第69弾は北村凌大(22=岡山SC)が登場します。

今季、男子シングルからアイスダンスへの転向を表明。負けず嫌いだった少年時代からさまざまな環境を渡り歩きながら、スケーターとして可能性を探ってきました。大学卒業後は岡山拠点に変更し、新パートナーとともに新たな道を歩みます。

全3回の「中編」では、アイスダンスとの出合いをひもときます。(敬称略)

フィギュア

◆北村凌大(きたむら・りょうた)2003年(平15)11月23日生まれ、北海道恵庭市出身。札幌市立伏見中―千葉・わせがく高―日大。6歳から競技開始。シングルでは14年全日本ノービス選手権男子のカテゴリーBでデビュー。16年男子Aでは9位に食い込んだ。21年からは全日本ジュニアに出場。23年からシニアに転向し、2年連続で全日本選手権出場。26年度からアイスダンス転向を表明した。趣味はドラマ鑑賞。身長170センチ。

23年 国体の演技後、笑顔を見せる北村凌大

23年 国体の演技後、笑顔を見せる北村凌大

「ジャンプのないスケートの世界」大会スタッフで見た世界王者のダンス

23年4月、東京体育館で行われた世界国別対抗戦。当時大学2年の北村は、リンク内の安全を守る「リンクセキュリティー」の仕事をしていた。

日本に加えて米国、カナダ、韓国、イタリア、フランスの世界の上位国が集まった団体戦。日本代表には、のちに26年ミラノ・コルティナ五輪ペアで金メダルを獲得する「りくりゅう」こと三浦璃来さん、木原龍一さん組や、女子銀メダリスト坂本花織さんらが名を連ねていた。

北村の仕事は、リンクサイドで待機しながら、選手の入退場をサポートするドアマンや異変、トラブル発生時にリンク内を滑走して対応する役割。大会スタッフとはいえ、世界最高峰の戦いを間近に見ることができた。

「東京都のスケート連盟の方から声をかけていただいて、国別対抗戦とかNHK杯のお手伝いを選手係としてやらないかみたいな感じで。そこでアイスダンスを見た時に自分もやってみたいなと思いました」。

裏方の仕事が、北村の新たな志を生んでいた。

本文残り74% (2228文字/3009文字)

スポーツ

泉光太郎Kotaro Izumi

Kanagawa

神奈川県横浜市生まれ。2019年に大学卒業後、地方紙に入社。警察担当記者を経て翌20年から運動部に異動し、アマチュア野球やインターハイ、箱根駅伝100回大会など取材。
24年パリ五輪・パラリンピックでは地元選手を追ったものの、現地取材はかなわず…。しかし、オリンピック関連取材をきっかけに本格的にスポーツ記者を志し、翌25年春、日刊スポーツに転職。高校野球取材で西東京大会を担当後の8月からスポーツ部の一員となった。
サッカー日本代表の森保一監督にあいさつした際には「完全移籍選手」と命名された。趣味は料理と駅伝観戦。自宅で、ぬか床を育てるなど発酵食品が好き。