無料公開【札幌レター〈33〉】小柏剛 忘れられない小野伸二の記憶 今、ケガと戦い夢に挑む

プロ3年目の北海道コンサドーレ札幌FW小柏剛(25)は、毎シーズンケガで立ち止まるも、再び前を向いて走ってきた。ケガとの向き合い方にも、変化が生まれた。スピードあふれるプレーが魅力のアタッカーの目標は、海外でのプレーと日本代表入り。挑戦中の道のりをたどる。

サッカー

「代表と海外」目標に掲げ J1通算65試合14得点

インタビューに応える小柏

インタビューに応える小柏

小柏剛(おがしわ・つよし)

1998年(平10)7月9日、群馬県生まれ。大宮ジュニアユースから同ユースをへて明大に進学し、3年時の19年にユニバーシアードナポリ大会で金メダル獲得。4年時の20年に札幌の特別指定選手となり、同年8月15日川崎F戦でJ1デビュー。J1通算65試合14得点。167センチ、68キロ。利き足は右。背番号は19。

プロ入り後から肉離れに悩まされ

小柏がプロ1年目の21年から大きく悩まされているケガ、肉離れ。特に太もも裏は左右痛めている。だが「僕は大学まで肉離れを1回もしたことがなかった」という。

明大時代、足首の捻挫や肩の脱臼など、関節系のケガは経験があったが、筋肉系はなかった。だから21年6月6日ルヴァン杯プレーオフ第1戦ホーム横浜F・マリノス戦で左太もも裏に覚えた違和感にすぐ対応できなかった。

当時を「初めてだったので、これ肉離れかな? どうかな?って感じで5分くらいプレーを続けて、痛いなって思ったので、やめた。その時は肉離れを甘く見ていた。捻挫と同じように痛み止めを飲めばできるんじゃないかと思っていた」と振り返る。

人生初の肉離れがなぜ起こってしまったのか、自分なりに分析して答えを導いた。ルーキーイヤーはコロナ禍が始まった翌年だった。延期された東京五輪の影響でJリーグは過密日程。どんな選手もコンディション調整が難しいシーズンだった。

「自分はプロでサッカーができるのがうれしかったので、すぐ試合が来るのがうれしかったし、疲れに対してそんなに敏感になっていなかった。何も気にせずやっていたのが、あの6月の最初のケガにつながったのかな」と考える。

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スポーツ

保坂果那Kana Hosaka

Hokkaido

北海道札幌市生まれ。2013年から高校野球などアマチュアスポーツを担当し、2016年11月からプロ野球日本ハム担当。
2017年12月から北海道コンサドーレ札幌担当。冬季スポーツの担当も務め、2022年北京五輪ではノルディックスキー・ジャンプや複合を取材。