【川副楓馬 安治川部屋入門会見全文】早大相撲部から出身者81年ぶりの角界入り 

大相撲の安治川部屋に入門する早大相撲部の川副楓馬(4年)が2日、角界入りへの抱負を語りました。同大相撲部出身者での入門は1945年に引退した元関脇笠置山以来81年ぶり。卒業生では途中退部し、2012年に新入幕も果たした皇風(きみかぜ)もいます。相撲部の歴史を再び動かし、「全身全霊」を掲げた学生力士と早大大学院OBでもある安治川親方(47=安美錦)の会見全文をお届けします。

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安治川部屋への入門が決まり会見する早大・川副(撮影・野上伸悟)

安治川部屋への入門が決まり会見する早大・川副(撮影・野上伸悟)


◆川副楓馬(かわぞえ・ふうま)2003年(平15)4月8日生まれ、熊本県宇土市出身。小1の時、体格の良さを買われ、宇土少年相撲クラブで始めた。熊本・文徳高では全国高校総体団体優勝メンバーとなった。早大進学後は個人戦ではタイトルに恵まれなかったが、全国学生選手権などの団体戦で活躍。3年時からは主将も務めた。伊勢ケ浜部屋で三段目の花の富士(川副圭太)はいとこ。好きな食べ物はウナギと肉。趣味は映画鑑賞で好きな作品はジャッキー・チェンの「香港国際警察」。173㌢、150㌔。


安治川部屋入門が決まり、応援部員に激励される早大・川副(左から2人目)(撮影・野上伸悟)

安治川部屋入門が決まり、応援部員に激励される早大・川副(左から2人目)(撮影・野上伸悟)


―入門する安治川部屋では大関の安青錦関が2場所連続優勝。同学年で意識される部分は。また入門が決まった後は何か声をかけてもらったりとかは


川副安青錦関とは大学時代に部屋の方で一緒に稽古に行ったりしていて、その中で本当に強かった。「やっぱりプロの世界の人は違うな」って、そこで感じたのは今でも覚えてます。まだ僕がどうこう言える立場じゃないんですけど、早くに追いつけるように。とてもすごいお手本だと思いますので、見習いながら精いっぱい頑張りたいと思ってます。そして、親方からは「覚悟を持って入るって決めたんなら、上を目指してやらないと」声をかけていただいた。それでまた僕の中でも覚悟が固まったというのを覚えています。


―早大での4年間で一番学んだことは


川副一番は相撲ができることのありがたみだったり、応援してもらうことの大切さ、重要さ、です。早稲田大学に入った時から、「愛されるチームになろう」というのをずっと教わってきたので。そして大会でもサポーターズクラブの方々が大学の中でも一番多く応援の人が来てくださったり。やっぱり応援してくださる方の声がどれだけ力になったかっていうありがたみを一番に感じました。


安治川部屋入門が決まり、大隈講堂を背に応援部員に激励される早大・川副(左から2人目)(撮影・野上伸悟)

安治川部屋入門が決まり、大隈講堂を背に応援部員に激励される早大・川副(左から2人目)(撮影・野上伸悟)


―安治川部屋に入りたいと思った一番のポイントは


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スポーツ

泉光太郎Kotaro Izumi

Kanagawa

神奈川県横浜市生まれ。2019年に大学卒業後、地方紙に入社。警察担当記者を経て翌20年から運動部に異動し、アマチュア野球やインターハイ、箱根駅伝100回大会など取材。
24年パリ五輪・パラリンピックでは地元選手を追ったものの、現地取材はかなわず…。しかし、オリンピック関連取材をきっかけに本格的にスポーツ記者を志し、翌25年春、日刊スポーツに転職。高校野球取材で西東京大会を担当後の8月からスポーツ部の一員となった。
サッカー日本代表の森保一監督にあいさつした際には「完全移籍選手」と命名された。趣味は料理と駅伝観戦。自宅で、ぬか床を育てるなど発酵食品が好き。