「錦織3世」が復活の優勝だ。錦織圭と同様に、日本テニス協会の盛田正明名誉顧問が設立した盛田テニス基金(MMTF)の援助で米フロリダのIMGアカデミーに留学していた中川直樹(23=橋本総業)が、初優勝を遂げた。41年ぶりの学生優勝を狙った今村昌倫(慶大4年)に6-1、6-2のわずか63分で圧勝。合計15ゲームは、3セット試合決勝としては、98年と並んで大会最少ゲーム数の決勝となった。また、ノーシード優勝は14年江原弘泰以来6年ぶり。

マッチポイントが決まった瞬間、中川は両手でガッツポーズをつくりほえた。錦織を追う逸材と期待されながら、けがに泣き、何度も実戦から遠ざかった。「これで終わっちゃうかなと思うときもあった」。世界ランキングのポイントはつかないが、国内最高峰の全日本のタイトルは「うれしかった」。

MMTFは1年間に高い目標を設定。それをクリアできないと奨学金が打ち切られる。その厳しい条件をクリアし、卒業したのは錦織、西岡良仁、そして中川の3人だけだ。この日、客席から観戦した盛田氏は「圭に似て、球の扱いの才能が非常にうまかった」と、当時を振り返る。そして「圭に続いて世界に羽ばたける存在だった」と懐かしんだ。

しかし、18歳で右ひじを痛めて、15年3月から1年以上、実戦から離脱した。復帰しても、18年5月には右手首の腱(けん)を脱臼。手術し、約半年、プレーができなかった。しかし、それも「感覚はもう元に戻っている」。今年のコロナ禍には、トレーニング機器を自宅に持ち込み、筋トレに励んだ。「サーブのスピードが上がった」。ようやく再スタートの位置に立った気分だ。

まだ23歳だ。優勝に、盛田氏も「やっと帰ってきた。まだ若い」と、世界への再挑戦に背中を押す。中川も「この2年で、世界ツアーで戦えるところまで(世界ランクで)入っていたい」と胸を膨らます。MMTFのほかの2人の卒業生、錦織、西岡は、世界のトップ50入りだ。中川も、全日本から、それに続く。【吉松忠弘】