第338号(2004年1月) 2面記事 日本背負い いざアテネへ 夢で終わらせない
04年オリンピックイヤー。アテネ五輪第一次予選の今大会を制した泉(営3)。また夢が一歩現実に近づいた。しかしまだ泉の前には越えなければいけない壁がある――。 俺には無理なのか――。アテネ五輪を翌年に控えた03年初め。泉の五輪出場の夢はアテネまでほど遠かった。 “学生最強”。もはや無敵のオーラを放っていた泉。しかし全日本級の大会では2位の壁を越えられないでいた。目の前には90s級の第一人者であり「倒すべき相手」と称する矢嵜(雄大氏・平15年営卒・現了徳寺学園職)が立ちはだかる。「実力はある。ただ二人の違いは攻めの姿勢。このままでは泉に勝ち目はなかった」(秀島監督)。「本当はアテネに行きたい。でも実績がないから言い出せなかった」。この手で五輪を取りたい。泉はがむしゃらに練習へと打ち込んだ。 変化の音 4月、柔道界の最高峰の大会・全日本選手権。対篠原(シドニー五輪100kg超級銀メダリスト・天理大監督)戦で豪快な背負い投げを見せるなど旗判定までもつれ込む大接戦を繰り広げた。しかし結果は黒星。それでも「柔道を始めた頃の初心を取り戻せた」。善戦の中で得た成長のしるし。泉の柔道に変化が見え始める。泉は自分を信じ、前だけを見詰めた。 それから7ヶ月。アテネ五輪代表第一次選考となる今大会を迎える。代表の座を狙い、全日本トップクラスの猛者が終結するため混戦が予想された。そんな中、矢嵜がケガより欠場。王者不在となるが、今大会を制することで一気に道が広がる。絶対優勝――。そう心に誓い、いざ勝負へ。 「1回戦から負ける気はしなかった」。泉は次々と強豪達を畳に沈め、破竹の勢いで決勝まで勝ち進む。迎える相手は01年講道館杯で矢嵜を倒した斎藤(旭化成)。両者気合十分。泉は序盤から肩車を中心とした担ぎ技で斎藤の攻め手を封じ込めていく。斎藤も内股で反撃するが、泉の攻撃に打つ手はない。完全に攻めの姿勢を取り戻した泉。そこにはもうあの日の姿はなかった。そして試合終了。変貌を遂げた泉がアテネへの一歩を踏み出した瞬間だった。 視線の先 04年、年明け。昨年12月に完成した新道場で汗を流す泉がいた。「アテネへの思いはさらに強くなっていく」。その顔は1年前と別人のように自信に溢れていた。遂に“矢嵜・泉”の二強時代に突入し、現実味を帯びだした五輪出場権。「ここまで来たら誰が一番かっていうこと」。代表を変えた最終戦に向け、泉は闘志を燃やしていく。【沢井裕美】 ●関連記事 第340号1面記事:泉 アテネ五輪へ 夢の舞台で金をつかめ 第321号14面記事:柔の申し子泉 未踏の頂へ ・世界一への可能性 ・明大生というもう一つの顔 ・主な戦績