マリナーズ岩隈久志投手(34)がメジャー初完投を日米通じてキャリア初のノーヒットノーランの偉業で飾った。メジャーでは今季4人目、日本選手では01年の野茂英雄(レッドソックス)以来となる14年ぶりの大記録。3四球を与えたものの、7奪三振、116球で達成した。地元シアトルはもちろん、日本、そして東北のファンに最高の投球を届けた。

 淡々とアウトを積み重ねてきた岩隈が、初めて記録を意識した。9回先頭打者のファウルフライを、三塁シーガーが背走しながら客席ギリギリの位置でキャッチした時だった。マウンドではめったに感情を出さない右腕の顔つきが変わり、グラブを激しくたたいて気合を入れ直した。後ろで守ってくれる野手、ベンチやブルペンから応援してくれるチーム全員のためにも達成したい。強い思いをボールに込めた。

 岩隈 シーガーに捕ってもらった時に、ここはしっかり(ノーヒットを)狙っていかなきゃいけないって気持ちになりました。

 迎えた9回2死。最後の打者パーラが左中間に打ち上げた打球を中堅ジャクソンがグラブに収めると、本拠地セーフコフィールドは割れんばかりの歓声に包まれた。マウンド上で安堵(あんど)の笑みを浮かべる岩隈に、次々とチームメートが駆け寄る。「こんなことはできるとは思っていなかった。何て言っていいのか分からない」。日本選手では野茂以来2人目の快挙を達成したヒーローは、左手にグラブをはめたまま、歓喜の輪の中心でもみくちゃにされた。

 滅私の精神で、常にチームの勝利を優先してきた。意外にもこれがメジャー初完投。何度かチャンスがあったが、球数制限などチームの方針に従い、我を張らなかった。最近も先発ローテで1人だけ中4日での登板が続いていた。前回登板では自己最多の118球を投げたばかり。それでも、広背筋を痛めてフイにした前半戦を取り戻すため「チームに1つでも貢献できるように」と気を奮い立たせた。

 球数ではなく制球で勝負する玄人好みの投球術に派手さはない。それでも毎試合「1つ1つアウトを重ねていくという思いでやってきた」という地道な姿は、チーム全員の心に響いている。ウェイツ投手コーチは「感情を表に出さず文句も言わずに仕事を続けてくれたクマだから、喜びは倍増だ」と目を潤ませた。

 ファンのカーテンコールに応えた岩隈の目にも光るものが浮かんだが「いやいや、汗だと思います」と照れ隠し。「言葉に出ない。支えてくれる家族、応援してくれるファンに感謝の気持ちでいっぱいです」。みんなでつかんだ偉業は、記憶に、記録に、永遠に刻まれた。【シアトル=佐藤直子通信員】

 ◆岩隈久志(いわくま・ひさし)1981年(昭56)4月12日、東京都生まれ。堀越から99年ドラフト5位で近鉄入団。04年オフに分配ドラフトでオリックス移籍直後、金銭トレードで楽天移籍。04年に最多勝、最高勝率、ベストナイン。08年は21勝を挙げて投手3冠に加え、MVP、沢村賞。10年オフに入札制度で大リーグ移籍を目指すも、交渉決裂で残留。11年オフにFAでマリナーズ移籍。190センチ、95キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸700万ドル(約8億7500万円)。家族はまどか夫人と1男2女。